03/29

2013

ひきだしにテラリウム/九井諒子

ひきだしにテラリウムamazonというかイーストプレスのwebマガジン「Matogrosso」(→このリンクはamazonを経由せずに直接見ることが出来ます。やり方はこちら。)などで連載されたショートショートの連作集。8ページ程度の小さな作品が33篇もつまっている。この人の頭の中にはすごくたくさんのアイディアがつまっているのだろうなと思ってしまう。無理矢理ひねり出しているようにはとても思えない。全部おもしろいが、特に気に入ったものをピックアップ。

「すれ違わない」
この鼻にプスっとさされているのはどんな材質なのだろう?とすごく気になった。"昔の少女マンガ風"の絵が、とてもよく雰囲気をつかんでいる。そして「資料不足」2件に爆笑。

「かわいそうな動物園」
この動物園ではどうして生まれた動物を殺さなくてはならないのか、最初はわからないが、鳥の視点を描いたところで、「あっ」と気付き、最後に落ちてきた葉っぱで、この動物園がどんなものなのかがわかる仕組み。「オリーブの葉」ではっきりわかるんだけど、わかる人ばかりではないかもしれない。

「パラドックス殺人事件」
役になりきり過ぎた俳優が、作中人物の苛酷な運命に嫌気がさし、その作品を創り出す神=脚本家を殺す。しかし神である脚本家が死んでしまうと、その劇中世界がなくなり、犯行動機にパラドックスが発生する、というお話。これを読んでサルバトール・プラセンシアの「紙の民」を思い出した。作中人物がいつも自分たちを見張っている土星に抗して戦うが、土星とはすなわち作者だったという話。

「未来面接」
地球のために敵と戦う人型ロボットに搭乗するパイロットを選ぶのは普通に面接でした。ところで何故中学2年生なのか、ガンダムとかエヴァとか詳しくないのでわからないが、きっと理由があるのだろう。この作品はあの辺のアニメ詳しくないと、味わいが違うのだろう。

「代理裁判」
相手の反応について、これはどうなんだろうと考えることは日常的にもよくあることだ。それを裁判の形式にしたお話。最初の裁判はよかったんだけど、後の方の裁判はイタイ。自分で冷静になっているつもり(検察側)でも甘甘の弁護士になっていることは、よくある...かも。

「スットコ訪問記」
これは絵柄が二種類に分かれている。漫画家目線の部分はいかにもエッセイ漫画風の絵柄だが、地元の少年の目線ではきちんとした絵柄になっている。旅行者が写真を撮っている意味が彼にとって「笑われている、バカにしている」という意味だったのが「大切に思っている」意味だとわかっていく流れがいい。スケッチできる才能が羨ましい。

「春陽」
これはお気に入りの一つ。ペットとしてこびとがいるなんて。猫などペットと同じ感じなので、なじみがあり、ほのぼのとさせられる(そこを逆手に取って次につなげるのだけど)。ショートショートなんで無理だが、中編くらいで、このパターンで「子供がいたら」を描いてくれると、更に面白いかもしれない。次の「秋月」とシンメトリーというか裏表になっている。

「秋月」
安全に安楽に囲われている女性と"自由"を唱える男と、女性を管理・世話する機械。まさしく女性=こびと、男=野良猫、機械=飼い主を描いて「春陽」と裏表。ペットへの我々の愛はこの機械のようなものなのかもしれないと一瞬思わせてゾっとするが、ちゃんと希望をもたせて終わる。本格SFというか古典的なSFマンガっぽい絵柄を意図的に採用している。

「パーフェクトコミュニケーション」
音ゲーとコミュニケーションは確かに「条件反射」の部分があって、それをベースにしないとパニックを起こしてうまくいかない点が似ている。パニックを起こしていろいろ考えても、結局は「かわいい」(ポーン)で飛んでしまうところがいい。
コミュニケーションに難のある人にソーシャルスキルを教える本に出てきそうなお話。「狼は嘘をつかない」でも実用本のパロディ化が使われていたが、この作品にも似たものを感じる。

「ショートショートの主人公」
本書の中でも最も秀逸な作品の一つ。漫画のジャンルを上手にパロディにしている。確かに、人は誰しも主人公ではあるが、それは何の主人公かということがポイントで、「自分の物語の主人公」のはず。たまたま漫画的な両親だったからおかしなことに......?「ショートショート」というジャンルについて研究した作者にとっては最後の一言が本音だろう。

「神のみぞ知る」
とても残酷な日本昔話かと思ったら、とても暖かな日本昔話だった。うまい。

「すごい飯」
食生活が貧しく、食に無知なこの友人の方が、逆に幸せなんだろうと思わせるオチ。グルメ漫画へのアンチテーゼか。それにしても、彼の「食べたもの」の表現が何とも言えず、全然おいしそうではない。けれど、彼自身は実は味オンチではなく、想像力も感受性も豊かな人なのだろう。意外にいろいろと教えれば育つような気がするが、知ってしまったらもうあの味は失われてしまうのだろう。

「ひきだし」
ひきだしの中にテラリウムでつくった世界があった...という表題作。かなり大がかりにできる設定なのに、すごくあっさりと落としているところがいい。

「こんな山奥に」
主役のカップルを除き、お店の店員やお客さんたち、全員キツネだろうと思うのだが、違うかな?

「未来人」
最初に登場したアイテムが再び登場して、大縁談!爽快な気分で読み終えたところに、再びの「資料不足」で笑わせてくれる。さすが。


絵柄を作風に合わせて意図的に変えている、というのはマンガを一つの道具というか材料として扱っているメタ漫画的な面もあり、漫画表現に対する遊び心も満載だ。なんという才能だろう。友人たちにも読んでもらって、これがよかった、あれが面白かったと語り合いたいと思わせる、非常に珍しい作品だった。


イースト・プレス 2013年3月27日 ISBN978-4-344-02273-7

【特集】ひきだしにテラリウム カバー/見返しイラストのエピソードMAP(良いコミック)