03/21

2013

泣き虫チエ子さん/益田ミリ

泣き虫チエ子さん 1泣き虫チエ子さん 2

結婚10年以上を経過した夫婦二人の日常を描いた作品。ブームにのりやすい妻とあえてそれにのってあげる夫、バレンタインのチョコを夫にあげても自分で食べる気満々の妻、子供の頃の話をする二人、物を捨てるのが苦手な夫(or妻)と物を捨てるのに躊躇のない妻(or夫)という組み合わせ、メニューを決められない夫(or妻)と決断力のある妻(or夫)という組み合わせ。「そうそう、あるある」という感じのする二人の日常が繰り広げられている...と思う面もあるが、それは1/3くらいだ。私にとっては残り2/3は違和感ばかり。

こんな書評があった。

【オトナ女子コミック部】誰かと一緒の毎日はこんなにも楽しい『泣き虫チエ子さん』(独女通信)

「誰かと一緒に暮らすことで人生が豊かになる」...(略)...『泣き虫チエ子さん』は、その豊かさを、さらりと気負いなくスケッチした愛の讃歌なのです。

とても良い書評だと思う。けれど作品自体にはすごく違和感を覚えてしまう。"誰かと一緒に暮らす豊かさ"を多くの人に共感してもらえるよう表現しようとしたせいなのかもしれないが、"誰かと一緒に暮らす豊かさ"はもっと面白く楽しいものではないか。それを意図的に"日常のささやかな楽しみ"に求めてしまったが故に、逆に"家庭というものにあるべき何かが欠落していることによって、その欠落感を埋めるためにつくり出した豊かさ"といった作為を感じてしまう。

私の友人には夫婦二人暮らしの人が多い。おそらく仕事の出来る、仕事の好きな女性が多いからだろう。仕事をもったまま育児をしている人もいるが、やはり仕事への集中度が高いため、子供がいない方が望ましいと判断した人の方が多い。結婚して10年以上の人たちがほとんどだが、みんなとても仲が良い。もちろん、少しの愚痴は言っているが、むしろそれも笑い話になるような内容。女性に経済力があり、男性に家事力があることが多く、もし仲が悪くなったらあっさり別れることが出来る。だからこそ結婚し続けているということは、仲が良いに決まっている。もちろん意識してそうあろうと努力している面もあるだろうけれど、自然と仲の良いままの人たちが多いのではないかと感じている。


彼等にはたいてい共通の趣味がある。それは結婚前からあるものと、結婚後に調整しながらつくったものとがある。お酒が好きで、二人とも飲んで喋っていれば楽しいという人たち。スキーやテニスやゴルフといった共通のスポーツを好んだり、海外の手間暇のかかるクルマをいじるのが好きな人たち。海外旅行好き、国内旅行好き、映画好き、ゲーム好き。オットはアニメでツマはマンガで二人ともオタク等々。夫婦二人で出来ることはたくさんあるし、楽しんでいることが多い。この作品に登場する夫婦は国内旅行に行ったり、外食したりはあるけれど回数が少ないし、何より二人が淡々と仲良く暮らしているが、すごく楽しそうにしている場面が少ないことに違和感を覚える。

また、少なくとも30代40代の夫婦が「ぬいぐるみに言いつける」とか「ときどき二人でトランプをする」というのはちょっと考えにくい。その年代で待ち合わせて二人スーパーで買い物が出来るほど仕事に余裕のある人もあまりいないし、時間があってもそんな非効率なことをする人はいない。片方で動けば良いのだから。最近ではペット可マンションも多いし、それほど忙しい仕事でないのなら、ペットを買っている人もいるだろう。もっと言うなら、二人っきりで住んでいるのにこんなに頻繁にお互いの名前を呼んだりするものなのか?

自分にとって物語が"リアルである"とはどんなことだろうとよく考える。"現実的"という言葉通りの意味なのだとしたら、SFやファンタジーでは感じられないはずだが、そんなことはない。SFやファンタジーでも充分"リアル"を感じる。ひょっとして登場人物の心理的なものかもしれない。キャラクターの設定かもしれない。煎じ詰めれば総合的な"完成度"なのかもしれない。

この作品があまりにも"リアルではない""無理に仲良くしようとしているように見えて、かえって切ない"と感じてしまうのは、私だけなのか、そう感じる人は他にはいないのだろうか?若い人たち、例えば20代の独身女性向けに"夫婦二人でもこんなふうにほんわかと暮らしていけるんだ、いいかも"と思わせるために作り上げた夫婦像に過ぎないと思うのだが、どうだろうか?そして完成度が低いが故に、上手に共感を呼び起こせる部分と、どうも作為的な部分とに分かれてしまっているように見える。

単に自分は"歯ブラシがくしゃくしゃなのを見て結婚を決意する"みたいな話が嫌いなだけなのかもしれない。"愛人の髪についたラーメンの汁の小さな球を見て別れを決意する"という片岡義男的な「だからどうした」話が昔から嫌いだ。それはリアルかリアルでないかということではなく、そんなミニマムな話に対して共感を強要されても、おしつけがましいだけだと感じるせいだろうと思う。そのおしつけがましさがところどころ顔を出す。計算高いが、計算し尽くされていないからだろう。

集英社
1巻:2011年12月25日 ISBN978-4-782422-3
2巻:2013年2月28日 ISBN978-4-892489-6