祥伝社 2009.6.15 (FEEL COMICS) ISBN978-4-396-76459-3
最初から普通に読んでいると、若干混乱しますので、編集者の意図はわかるのですが、やはり時系列に読んだ方が良いと思います。「スクリーン」「空の箱庭」「へび苺の缶詰」「僕ノ庭」の順です(「ウタカタンス」と「あさにかえる」は別作品)。何が混乱の元かというと、絵柄の変化です。あとがきにもありましたが、「スクリーン」「空の箱庭」の頃は丸く顔を描くのが好きだったようで、表題作の「へび苺の缶詰」まで1年近くあいて、少し絵柄がシャープになりましたよね。名前が出てくるので同一人物かなとは思うのですが、違いすぎて少々キビシイです。しかし、一つも掲載誌が『FEEL YOUNG』ではないのが、本当にいろいろあったんだろうなと思います。集英社から「ラブメイク」がほぼ同時に出ているので、うまくすみ分けたのかもしれません。
「ケーキを買いに」「チルヒ」「ラブメイク」「へび苺の缶詰」ここまでの4冊が2009年の「デビュー4社合同フェア」です。太田書店、小池書院、集英社、祥伝社の4社から1ヶ月の間に4冊単行本が出るという異例の事態。新人と言っても2001年から一応商業誌?の「アックス」に載せているわけですから単行本化されていない作品もあったので、一気ということではないのでしょうけれど(2007年~2008年頃のものがメイン)、それにしてもこれだけ複数の出版社から一気に出る漫画家も少ないのではないでしょうか?いわゆる「来ている」状態だったのでしょう。その後また5社合同フェアになるのですが。
○スクリーン
「空の箱庭」のチャコが今の自分を過去の自分が見たら、という視点で描かれた4ページのカラー作品。3ヶ月で連載した直後なので、流れは一致しています。
○へび苺の缶詰
「空の箱庭」のスピン・オフで、5年後のお話です。池ノ上くんの学生時代の後輩の浜田山くんという青年が登場します。彼が池ノ上くんのことをずっと「先輩」と呼んでいるのは、元の名字が違うからなんですよね。学生時代からの友人であるコマちゃんがチャコのことを「池ノ上」で認識しているので、彼は婿養子に入っているのだと思います。後からそういう事情だったなと気付くわけですが。
最初は富士郎くんが「いけのうえくーん」と読んでいるので、息子なのかな?と思ってしまいますが、最後に「パパ」と言ってるので、ああ父親だと確認できる。後日談の「僕ノ庭」を読むと、おそらくパパが保育園で「池ノ上くん」と呼ばれているせいであって、深い方の意味はないのだとわかりますが、やっぱり先に「空の箱庭」を読んだ方がかえって深読みしようとしたりして、面白いのではないかと思うわけです。
作者がインタビューで言ってたのは浜田山くんが「これロシアンティ?」というところが好きだということ。「ケーキを買いに 第3話 スイートポテト」でも出てきました。何かロシアンティに思い入れがあるのでしょうか?
○空の箱庭
まず、コマちゃん(駒場さん)に、7年つきあった恋人にふられるっていうのは理由は「オンナ」に決まってるだろう!と言いたい。何故そうは思わないのか、それだけいろいろと油断があったのだろうなと思わせます。一方、不倫をしているチャコ(池ノ上さちこ)ですが、不倫中に一度流産しているのにまた妊娠したというのは、もう間違いなく奥さんと子供から彼(北沢くん)を奪いたいわけで、言ってみれば確信犯です。そんなことをして相手にとっても自分にとっても良い筈がない。池ノ上くんというこの上ない好都合な男がいたからこそ出来たことではないでしょうか。相当ずるいですね。
海の近くに住んで気持ちが少し変わろうとしているコマちゃんが「海のソバの日常を知らずにきたのはソンだった」と言うシーンがありますが、そんなものでしょうか?私は比較的近くに住んでいたことと、文字通り目の前に住んでいたことがありますが、日常になってしまうと犬の散歩や子供の散歩とかでない限り、わざわざ浜辺には行きません。一つ言えることは、大事な話もどうでもいい話も、とりあえず海でするという癖がついてしまったことでしょうか。海辺は決して非日常ではないのですが、複数人で海を見てると「しゃべる」以外のことは特にできないんです。行くところが思いつかないと「じゃあ、とりあえず海に行こうか」となってしまいます。スポーツカイトやサーフィンといったスポーツやバーベキューというレジャーはありますが、日常では散歩するかぼーっと眺めているかしかない。でも視界が開けているせいか、ずっとぐずぐず言ってるのがばかばかしくはなりますね。
作品に戻りますが、不倫で相手が子持ち、しかも小さい女の子がいる男は別れませんよ。女の子が大きくなって「パパ、キライ」と言うようになるまで待てますか?ということですね。間違いなく無駄な時間です。
○ウタカタンス'96
この作品が単行本に入ったことは意義深いですね。掲載誌の扶桑社の『マリカ』は2008年4月に創刊され、10月に休刊になっています。部数が伸びなかったものと思われます。扶桑社という漫画に縁のなかった出版社が乗り出したことは意味があったと思いますが、結局のところわかりやすい特徴がなかったんですよね。
2008年にわざわざ1996年の物語を載せたのは、作者の個人的な意味があったのでしょう。河内遙は1981年頃の生まれだから1996年はまさに女子高生。しかも東京の女子高生だったんですよね。掲載時は篠原ともえ=シノラーが何かわからない人もいたのではないでしょうか?パフィーとかシノラーとかパフュームとか女子高生に局地的に人気のあるアイドルがときどき出ますが、どこか共通点があるような気がします。「カワイイ」のツボがちょっと違うんですよね。安室奈美なんかはもっとファン層の広いアーティストでしたが。
女子高生っていうのは女性の人生の中でもっとも他人との区別をされたくない時期、浮きたくない時期らしく、そういう前提での物語が多々あります。ヤマシタトモコ「HER」の中の一篇にありました。しかし、そういう空気はあまり自分の回りではなく、むしろ没個性は悪とされていたので逆に背伸びしてでも他人との違いを主張しないとならないところがありましたので、理解はできませんが。
作品としては周囲の評価との違和感を感じるちょっとカッコいい女の子が登場する普通っぽい学園ものですが、「バレエ」がキーポイントでしょうか。
○あさにかえる
青林工藝舎の『アックス』(1997年刊)と言えば、実質的に青林堂『ガロ』の後継誌なので、個性的な漫画家の登竜門としての立場を2000年頃には確立していたように記憶しています。『アックス』や『ガロ』でのデビューを商業誌デビューというのは若干抵抗がありますが、同人誌ではないので、中間的な存在というように個人的には認識していました。
○僕ノ庭
「空の庭」のスピンオフ「へび苺の缶詰」の1年後という設定で描かれた8ページの短編。富士郎くんの視線から始まり、途中で通常の漫画の視点に戻ります。池ノ上夫妻に世話になったくせに、コマちゃんが5年も二人の子供に会わないことは結構不自然な気がしますが、いかがでしょうか?
■初出誌
スクリーン...『コーラス』2007年3月号 集英社
へび苺の缶詰...『別冊コーラス』2008年Spring 集英社
空の箱庭(全3話)...『コーラス』2006年9月号~11月号 集英社
ウタカタンス'96...『マリカ』創刊号(2008年)扶桑社
あさにかえる...『アックス Vol.42』(2004年)青林工藝舎
僕ノ庭...描き下ろし