Anna Seghersアンナ・ゼーガースの文学

Der schönsten Sagen vom Räuber Woynok, 1936

盗賊ヴォイノクのもっとも美しい伝説

「世界文学全集 94 ゼーガース/A.ツヴァイク/ブレヒト」
長橋芙美子訳 「世界文学全集 94 ゼーガース/A.ツヴァイク/ブレヒト」講談社 1976 840円
ブルガリアのプルートカ山岳地帯を舞台にしたと思われる。実際にモデルのある伝説のような物語だが、ゼーガースの創作によるものだという。
一匹狼の盗賊ヴォイノクについての噂が伝わると、40人の盗賊団を率いるグルーシュカは興味をもち、会ってみたいと思う。ある日ようやくヴォイノクに出会え、自分の盗賊団に加わるよう誘うが、一人でやりたいと断られる。それでもグルーシュカは冬の間自分たちが過ごす野営地の場所を教えるが、ヴォイノクはすぐにそのことを忘れてしまう。
やがて厳しい冬が来るが、ヴォイノクはその寒さに翻弄され、凍死寸前までの状態になってしまう。たどりついた場所は偶然グルーシュカらの野営地で、彼らに助けられるが、ヴォイノクは一緒にはいられない。
次に彼らが出会うのはグルーシュカ一味が窮地に陥ったとき、犬を使ってヴォイノクに伝言が伝えられる。迷った末、ヴォイノクはグルーシュカらを助け出す。年老いた自分の代わりに一味の頭になってくれるよう頼まれるが、それも断る。
それでもヴォイノクは彼らを率いて強盗の旅に出る。1年余りたった頃、彼らを罠にはめ皆殺しにしようとする。が、グルーシュカの機転により、一部の死者を出したものの、盗賊団は助かり、ヴォイノクを捕らえる。一味は裏切り者であるヴォイノクを殺そうとするが、結局「二度と現れるな、思い出すな」と言って彼を逃す。
ヴォイノクがつまらぬことで命を落としたという噂を聞いたグルーシュカらの前にすでに死者となったヴォイノクが現れる。

常に一人で行動するヴォイノクと40人もの盗賊団を率いるグルーシュカ。この個人と集団の対立と融和、ヴォイノクの死までのお話である。ヴォイノクは何故わざわざ一緒にいる一味を裏切るのか?どうしても一人でいたいのなら、前と同じように逃げ出せば良いだけなのに。
ヴォイノクにとってみれば、逃げてもまた出会ってしまう可能性がある。それだけ彼にとって「集団」は驚異であり、異質であったのだろう。ヴォイノクは盗賊団を根こそぎ絶やしてしまわねばならないと最初から決めていたように見える。
対して、集団の方は完全に敵対する「個人」が自分たちを脅かさない限り生存を認める。この違いは何だろう?一部の年老いた盗賊を下に、その上に若い者を載せ、火攻めから抜け出した集団の知恵。役に立たなくなった者を排除して再生する集団に対し、ほんのつまらぬことで生存できなくなる個人。そういった対比が何を語ろうとしているのだろうか。安易に結論は出さない方が良いだろうということだけしか、わからない。
メキシコ亡命中に決して短いとは言えないこの作品をすべて暗記して朗読してみせたという。なるほど。これは語られる物語である。
2001.10.9