Anna Seghersアンナ・ゼーガースの文学

Die Hochzeit von Haiti, 1949

ハイチの宴

ハイチの宴
初見昇訳 新泉社 1970.2.20 ISBN4-7877-7001-2 480円
新村浩ほか訳 「ハイチの物語」明星大学出版部 1984.12 ISBN4-89549-065-3 1200円
ハイチの黒人蜂起を描いた作品。スペイン植民地として栄え、フランスの植民地でもあったハイチ。フランス革命の後、黒人による政権が成立するものの、ナポレオン軍の奸計により指導者フランソワ・ドミニク・トゥーサン・ルヴェルチュールが捕らえられる。だが、疫病や根強い黒人兵の抵抗により、ついに放棄。初の黒人による共和国が成立する。
この時代にハイチにやってきた白人だが、ユダヤ人の宝石商人ミシェル・ナータンが主人公。彼は実在の人物トゥーサンと出会い、彼を助ける。その後、多くの白人が逃げ出した後もハイチにとどまり、ついには黒人女性と結婚し子をなす。
しかし、妻子を疫病でなくし、失意のままヨーロッパに帰って、そこで死ぬ。トゥーサンも同じ頃、獄死する。
白人>ムラート(白人と現地人などの混血)>黒人の階級差が歴然とるために、白人よりムラートの方が黒人に対する抑圧がひどい、なぜならムラートは自分たちと黒人を区別し、白人の方に近寄りたかったから、というおかしな構造ができあがってしまう。フランス革命による自由・平等・平和の思想がすぐに黒人奴隷解放へ直結するかというと、そう単純にはいかない。植民地の白人はイギリス軍と組んでフランス軍及び黒人奴隷による軍に敗退する。
上記のような人種と利権をめぐる複雑な争いの中を、堅実だが、善良なところもある商人ミシェルが黒人との融合を理屈ではなく現実的になしていく姿が非常にすがすがしい。
最近読んだばかりのアレッホ・カルペンティエールの「この世の王国」もハイチ革命が舞台であるが、トゥーサンは出てこない。ブードゥー教の影の強い物語になっている。ブードゥー教は直接はこの小説には出てこないが、下記のようなくだりがある。
植民住宅地区の居住者や町の住民たちは、夜になるとヒヤヒヤして眠れず、はるか遠くの山あいから聞こえてくるニグロの太鼓の鋭い連打に耳を傾けた。人びとにはこの太鼓の連打が、島の黒人同胞すべてに向けての知らせなのか、異教の神々への祈りなのかよくわからなかったが、ひとりひとりの心の奥底まで耐え難い緊張感で震えあがらせた。幾人かの奴隷は、住まいや仕事を放り出したまま、やみくもに森の中の太鼓の音のする方へと消えていった。
2001.10.15