疎外と反逆―ガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話
本書の主役はガルシア=マルケスなのか、バルガス=リョサなのか。その両方にとってありがたい対談、評論、インタビューとなっている。最初は標題通り、ガルシア=マルケスとバルガス=リョサの対談、次がバルガス=リョサが書いたガルシア=マルケスに関する評論、最後がバルガス=リョサへのインタビューという三部構成になっている。
対談は謹厳実直なリョサが若干おちゃらけたようなガボに切り込んでいくような感じで、今ひとつかみ合ってないところが楽しい。もちろん、ガボも真面目に答えるときもあるのだが、リョサがキリキリすればするほど、ホラ話っぽいかわしが入り、なんだかクスリ、とさせられてしまうのだ。
ボルヘスに対する二人の見解が実によく一致している。ガボがボルヘスのことを書き方を学ぶには高く評価しているが、あれは「逃避の文学」であるとし、リョサも具体的現実に題材を求めていないと断じている。興味深いのはここでリョサが過去に語ったことをガボが繰り返させている箇所だ。曰く、経済的豊かさや内的平和に支えられた社会より、ラテンアメリカのような転換と変化の時期にさしかかり、どこへ向かっているかすらわからない社会の方が魅力的な文学的題材にあふれていて、作家達の想像力を刺激する、と。ガボの言う「あらゆる文学は具体的現実に根ざしたもの」と一致しているところが多い。ガボがボルヘスを称賛しているけれど、大嫌いだというところ。「ラテンアメリカの非現実とは、いわゆる現実なるものと区別がつかないほどリアルで日常的なもの」だというあたりを読んで納得するところが多かった。私自身、ボルヘスを嫌いではないものの決して好きとは言えず、読む気持ちになかなかなれないのは、私の求めているラテンアメリカの文学ではないからなのだと、あらためて確認出来たように思う。幻想文学ファンだったら違うのだろうけれど。
二番目の「アラカタカからマコンドへ」は「神殺しの物語」に先立つ、バルガス=リョサが書いたガルシア=マルケスに関する評論。「神殺しの物語」は例の1976年メキシコでのパンチ事件(この事件に名前はないのかなぁ?調べたが見あたらず...)のせいで復刊されず手に入らないらしい。だから「神殺しの物語」に先立つこの論文は貴重(集英社「世界の文学 38 現代評論集」に鼓直訳が収録されている)。
最後はバルガス=リョサのインタビュー。これを読む限り、この本の主役はバルガス=リョサのような気がしてくる。インタビュアーのエレナ・ポニアトウスカは1968年のメキシコでおきた事件のルポルタージュ「トラテロルコの夜」という著作があるメキシコのジャーナリスト。おもしろいのは、最初の対談ではガボが作家が特定の政治思想に与し、政治的役割を果たすことを肯定しているのに対し、リョサの方は最後の因手ビューで作家が特定の政治思想に与することを否定しているところだ。「最初から文学を道具として何かの役に立てようとすると、作家の内なる政治家が文学をダメにしてしまう」と語る。後に、個人の趣味嗜好としての政治家の好みと政治思想との矛盾を超えらず、あからさまな政治音痴ぶりを露呈するガボと、政治力の差により破れたとは言え、大統領選にうって出て広範囲な支持を得たリョサの違いを考えると、この時点での意見の相違は非常に興味深い。
ところで、また「ジョサ」に戻った。もう気にしないようにしてるけど、毎回言う。書誌DBを作っていたから、こういう泣き別れは本当に迷惑。商業的に考えてもメリットも少ないだろうなと思うのだが、どうせ売れないのだから一緒、というように見えて、それはそれで寂しいものだ。
■目次
ガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話
アラカタカからマコンドへ
M・バルガス・ジョサへのインタビュー
訳者あとがき
■書誌事項:寺尾隆吉訳 水声社 2014.3.30 172p ISBN978-4-80100023-0