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2013年12月30日

2013年12月30日

売女の人殺し/ロベルト・ボラーニョ

売女の人殺しロベルト・ボラーニョが生前最後に出した短編集。若い頃のボラーニョ自身と思われる人物が登場することが多い。フィクションだが、ノンフィクションのような部分が時折顔をのぞかせる。

巻末の若島正氏の解説にもあったが、ボラーニョの写真には様々な印象がある。年代にもよるのだろう。一番多いのは眼鏡をかけた神経質そうな小説家の顔なのだが、時に浮浪者に見えたり、年齢に比してもひどく老けていたり、あどけなかったり、ボヘミアンだったり。若い頃の流転の経歴からスペインで落ち着くまでの間の変化なのだろうか?その後はあまり変化がないように感じたが。

目玉のシルバ
カメラマンのマウリシオ・シルバが取材先のインドで生け贄になるために去勢された少年達と逃げる話。主人公(B)が20歳頃、彼と出会った20歳頃の話と、後年ドイツで出会い、彼のインドでの話を聞く。

ゴメス・パラシオ
Bが23歳頃、メキシコの田舎にある国立芸術院の施設で詩を教えた話。すごく田舎だが、ちゃんと国立で詩の創作教室が開かれていて、詩人である中年の女性が所長を務めている。Bとこの中年女性とのちょっとしたふれあいが描かれているが、こんな田舎に詩の創作教室!というだけで、少し驚く。日本中どこに行っても公民館みたいなところで俳句の講座が開かれているようなものか?

この世で最後の夕暮れ
元ボクサーの父親とアカプルコのバカンスに出かける。22歳。マッチョな父親とナイーブな息子のリゾートを楽しむ筈の旅だったが...。訳者後書きによると、お父さんは本当にこんな感じのマッチョだったそうだ。ボクシングのチャンピオンでトラック運転手なんて父親とボラーニョのような文学青年が大人になってから二人で行動をともにするなんて、ちょっと実際には考えられない。事実はどうだったのだろう?

一九七八年の日々
25歳。バルセロナにやってきて、亡命チリ人たちとは距離を感じている日々のこと。

フランス、ベルギー放浪
25歳くらいの頃は少しお金が出来ると旅に出ていた感じだ。ベルギー人の友人の家にアポもなく押しかけるボヘミアンな日々。

ラロ・クーラの予見
「2666」に登場した、警官見習いのラロ・クーラと同じ名前の人物がここで登場した。まだ若かった「2666」に比べると大人だから成長したのか、あるいは同じ名前の別人なのか。物語はまるで関係ない。メキシコのポルノ映画のお話。

売女の人殺し
娼婦の一人称なのだが、彼女が語っているその場所で、今何が起きてるのかすぐにわかるというところのが、凄いというか怖い。なんという文章力。

帰還
幽霊と死姦者の話。明確にSFって、この短篇集には他にないかな。

ブーバ
バルセロナにあるプロのサッカー・チーム(FCバルセロナとは限らないけれど、ワールドカップに出場するような選手を多数抱えているということはバルサかな?)にやってきた南米の選手が主人公。彼とスペイン人選手はアフリカからやってきた選手と試合前に3人で秘密の儀式を行っていた。アフリカ系の選手といかにもアフリカンな呪術の結びつきというのも、今時の感覚すると少しずれているような...。ヨーロッパ・サッカーにこれだけアフリカ系の選手が増え、まだまだ国際的には強いとは言えないものの、それは選手のレベルでというより各国協会内の政治的腐敗が原因という昨今。ヨーロッパで長く生活する選手達の近代化を考えるとギャップを感じる。10年前とはやはり状況が違うのだろう。

歯医者
メキシコの田舎で歯医者をやっている旧友の家へ行き、そこで早熟の天才詩人である少年と出会う。この子は誰なんだろう?ボラーニョ自身か?

写真
これは非常に面白く、興味深い一篇。「野生の探偵たち」の旅の途中のような風景。アフリカの砂漠で古い詩人達の載った写真集を見ながら、その世界を旅するのだ。なんという場所で、なんというものを見つけるのだ。その状況を想像するだけで血が沸く想いがする。まさに短篇映画のよう。

ダンスカード
アレハンドロ・ホドロフスキーやレイナルド・アレナスなど多くの関係性の高そうな人たちの名前が登場する。

エンリケ・リンとの邂逅
エンリケ・リンというチリ詩人はいわばボラーニョにとってはヒーローの一人。チリの若い人にとっても同様で、20世紀を代表するチリ詩人なのだが、日本では知られていない。ニカノール・パラも同様。ネルーダに対する評価はボラーニョにとっては一筋縄ではいかないものだったのだろうということは察することが出来る。

ところで、「2666」が2013年末の段階で10,000部以上売れているそうだ。880ページ、7,000円の本がだ。これはちょっと異常事態と言えないだろうか?ボラーニョはおもしろい。でも私がおもしろいと思っても、そんなに多くの人がおもしろいとは思わないという状況が長く続いていると、なんだかにわかには信じられない。解説の冒頭にあったように、やはりボラーニョは「他にない新しさ」をもっているからだろうか。


著者:ロベルト・ボラーニョ著,松本健二訳
書誌事項:白水社 2013.10.15 269p 2,625円 ISBN978-4-560-09262-0(ボラーニョ・コレクション)
原題:Putas Asesinas, 2001, Robert Bolaño