グアバの香り―ガルシア=マルケスとの対話
P.A.メンドーサというガルシア=マルケスの古くからの友人でジャーナリストとの対談。1982年に刊行されたもので、まだノーベル賞を受賞する直前。何故今頃翻訳されたのか、というよりは、何故今まで翻訳されなかったのか、という方が正しい。『すばる』1983年8月号に桑名一博訳で本書の部分訳が載っているのだが、それで終わりになっていたのを訳者がずっと気にしていて、今回翻訳してくれたようだ。ありがたいことです。
ガルシア=マルケスくらい日本で翻訳や関連本が出ている作家はラテンアメリカ文学では珍しい。ガボ以外だと、ボルヘスくらいなものか。翻訳書もそうだけど、ルポルタージュもあるし、自伝も出ている。この自伝がくせもので、本格的な作家活動に入る直前で終わっている。研究者は本書の原書にあたればいいかもしれないが、一般読者は作家活動を本格的に始めた頃のガルシア=マルケスの苦労をよくわかっていない。ジャーナリストとの二足のわらじをはきながら、家族を抱えてパリで困窮したりとか、いろいろ大変だったのはよく聴く話だが、本書の"解説"は詳細に年代を追ってくれるので、わかりやすい。
「百年の孤独」「族長の秋」など作品世界への理解はこの対談を読むと深まるだろう。対談中でスリリングなのは政治に関しての部分。ガルシア=マルケスのキューバ、というよりはカストロへの親近感はいろいろ理由はあるのだが、でもどう考えてもおかしい。だからここで彼の言う「カストロはカリブ海の人間だ」というのが、なんだかとても本音に近いような気がする。要するに、カストロの政治姿勢はともかく、人として魅力的だから好きなんだろう。マラドーナも同じようなことを言う。ガルシア=マルケスとマラドーナでは比較にならないかもしれないが、マラドーナの情の深さを思うに、ガボにも似たところが若干あるような気がした。
バルガス=リョサについてもちょっとだけ触れているが、例のこの事件が起きたのは1976年だから、もう仲違いしていたんだなと思う。この派手な喧嘩についてはこれまで様々な理由が伝えられているのだが、政治絡みとか、女性を取り合って、とかいう理由ではないように私は思う。女性絡みと言えばそうなんだけれど、奥さんが自分のことで相談に行った先がライバルの作家というのも気に入らないし、そいつが何か偉そうなアドバイスをしたのも気に入らない、というきわめて身勝手なマッチョ的な理由ではないかと。勝手な想像だが。
カルロス・フエンテスやファン・ルルフォらとの興隆や映画へ関わったいきさつあたりが、私には興味深く感じられた。この時代のことを詳しく語った本があるといいのだが。
著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス,P.A.メンドーサ〔聞き手〕,木村榮一〔訳〕
書誌事項:岩波書店 2013.9.27 222p 2,625円 ISBN978-4-00-022637-0
原題:El olor de la guayaba, 1982
目次
一章 生い立ち
二章 家族
三章 仕事
四章 自己形成
五章 読書と影響
六章 作品
七章 待機
八章 『百年の孤独』
九章 『族長の秋』
十章 現在
十一章 政治
十二章 女性
十三章 迷信,こだわり,嗜好
十四章 名声と著名人
解説......木村榮一