ラ・ロハ―スペイン代表の秘密
ユーロ2012はスペイン代表が優勝した。決勝までの試合、初戦のイタリア戦は好ゲームだったとは思うが、心臓によくなかった。北アイルランド戦は単純に楽しかった。その後は今ひとつだったが、決勝でものすごく良い状態で勝てた。最終的に印象に残ったのは、優勝後の彼等の様子だった。選手の子供達がグラウンドに降りてきて、銀の紙吹雪で遊んでいる。子供達が仲が良いのは、選手同士が家族ぐるみでつきあっているからだろう。そんなチームにまとまった、まさに「ファミリー」と呼べるチームは見たことがない。
本書はユーロ2008から2010年のワールドカップとその後までをスペイン代表に密着したスペイン人記者の記録を「footballista」木村浩嗣編集長が翻訳したもの。スペイン代表は何故強くなったのかがよくわかる本だった。
代表レベルになると、それもW杯優勝経験国あたりはそもそもメンバーにすごい選手を揃えている。どの国が優勝してもおかしくないメンバーだ。それを実際に勝てるチームにするのはチームの団結力と監督の手腕が重要。そしてチームの経験値もポイントになる。今回の優勝は過去の優勝経験者が多かった。フランスやオランダがぐだぐだなのは負けたからチームがバラバラになったのではなくて、最初から優勝できるようなチームになっていなかったのだ。そしてドイツは監督が若すぎて能力が足りなかった。
合宿所での過ごし方がチームをつくるというのはよく言われることだが、スペイン代表の場合は、なるほどすごい過ごし方だ。日本代表が合宿所でそんなことをしたら大問題になって新聞が大騒ぎするだろう。彼等は自分が参加している大会でトトカルチョをやっている。それも実際にお金を賭けているのだ。また、一部だが毎晩練習後にカードゲームをしているメンバーがいて、こちらもお金を賭けている。明らかなる賭博だが、そこはスペイン。おおらかで良いと思う。それでみんなが仲良くなれるのなら。2008、2010とプジョルがやっていた2012の胴元は誰がやったんだろう?という疑問はそのうち「footballista」が明らかにしてくれるだろう。
彼等の仲の良さを理解すると、ポルトガル人の監督にクラブで反旗を翻してライバルのクラブの選手に電話をしたイケル・カシージャスの行動が理解できるだろう。あのポルトガル人にスペイン代表のことまでは口出しする権利はない。クラブチームの心理的な軋轢が異常だったから、かつてのスペイン代表は弱かった。今更あの時代に帰るつもりはない。
監督がいかに重要かは本書がルイス・アラゴネス監督の異常なカリスマ性に多くの文字数を費やしていることからもわかる。スピーチ、毒舌、人柄、どれをとっても、ものすごく変な監督だが、すごい監督だったことはわかる。彼が今のスペイン代表の基礎を築いた。
ビセンテ・デル・ボスケ監督についてはアラゴネスほどの文字量が費やされているわけではないが、芯の強い人で、選手との信頼関係の厚い監督であることはよくわかった。アラゴネスほどのカリスマではないが、彼が選手に対する対応はまさに「慈愛」なのだろうと思う。本書の最後が息子のアルバロくんの「また(優勝パレードの)バスに乗せて?」で終わっているところがいい。アルバロくんがユーロ2012の優勝パレードでバスに乗ることができたかどうかは、「footballista」No.267のデル・ボスケへのインタビューでわかった。そして、優勝直後の様子が書かれていて、記者たちが監督を囲むのを一時止めさせたのは、やはり彼の存在だった。息子を抱きしめる時間をまずは監督にあげて欲しいというスタッフらの気持ちは、記者たちに通じたに違いない。
ものすごく勝手な憶測だが、ビセンテ・デル・ボスケという人物をつくる上で、この息子の存在がどれほど大きかったのだろうと思うと、胸がいっぱいになる。そしてこの本の著者や「footballista」の記者もあからさまには書いていないが、同じ考えをもっているに違いない。彼はもう20歳を過ぎた青年だが、ダウン症なのである。
サッカーの戦術関連書は頻繁に読んでいるが、これは久しぶりにガツっときた本だった。時間の都合上、このブログに実用書や解説本は取り上げない方針だが、これはノンフィクションとしても高いレベルだろう。ユーロ2012が始まる前に刊行され、すぐに買ったが結局読んだのはユーロが終わってからだった。スペイン代表はユーロ2008、2012W杯、ユーロ2012の3連覇を成就した。
そして五輪代表はあっさりと負けた。U-21で優勝したメンバーなのに、何故負けたのか。やっぱりチアゴ・アルカンタラという心臓部が欠けていたことは大きい。チャビなくして3連覇出来たのかかという問いに対する答えは明確だ。さらにこの本を読んだ後だから、監督の資質の問題は大きかったのだろうなと想像する。スペイン代表の次の世代が大丈夫かどうかはわからない。マタ、ジョルディ・アルバ、ハビエル・マルティネスの経験をベースに、チアゴ・アルカンタラらがつくっていくチームの団結力はとても重要だが、誰が監督なのかも大きいなとあらためて思った。
著者:ミゲル・アンヘル・ディアス著, 木村浩嗣訳
書誌事項:ソル・メディア 2012.6.8 392p ISBN978-4-90534910-5