21世紀の世界文学30冊を読む
移民あるいは移動する人達が作り上げた作品を多く取り上げた海外文学案内書。『新潮』に連載されていた「生き延びるためのアメリカ文学」をまとめたものだ。
英語で書かれてアメリカで出版された、アメリカ文学を世界文学と呼ぶことの暴挙について、詳細は学者の方々お任せしたいと思う(たくさんの書評が出ている)。"世界のマーケットを意識して、あるいは(ハ・ジンのような)政治的な事情で英語で書いている様々な国の出身の作家の作品を集めているのだから世界文学である"という「はじめに」に対して、納得できる部分とどうしても違和感をぬぐえない部分の両方を感じる。スペイン語やポルトガル語を母国語とする人の数など、詳細に把握してから言うべきだと思うが、言語の分布図における英語の占めるパーセンテージに対する認識がなんだか一方的過ぎるのではないか?スペイン語やポルトガル語以外の言語を使う必要性を感じない環境に相当数の人がいるが、完全にマーケットから外すのは明らかに変だなと思う。おそらく、世界中の文学という意味で「世界文学」を使っているわけではないということなんだと思うが...。
で、やはり最初からこれは「世界文学だ」と意図して書いた連載ではなかったようだ(下記『新潮』の対談にある)。今やっている『新潮』の「世界同時文学を読む」なら「世界文学」と名乗ってもおかしくないし、そのまま書名になってもあまり違和感はない。
『新潮』2012年7月号の「アメリカ文学は世界文学である」という著者と柴田元幸氏の対談も読んだが、タイトルは煽りに過ぎず、本書の意図をきちんと教えてくれていた。「権力から遠いところにいることの悲哀を、嫌でも感じずにはいられなかった三年間に感じとったことが、出自的にマイノリティの人たちが味わった苦難を理解するうえで、かなり大きく働いていることは、読んでいてすごく感じました。」(柴田先生談)。
書名に版元によるマーケ的な匂いがして少し残念だが、とても役立つ嬉しい書評集だ。
読んでいる本もあるが、未訳で読んでみたい本もある。なんと言ってもロベルト・ボラーニョ「南北アメリカのナチ文学」、それからダニエル・アラルコンの「蝋燭に照らされた戦争」。カレン・テイ・ヤマシタも何でもいいから読みたい。
そして訳があるのに読んでいない本もある。アレクサンドル・ヘモン、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ...。前からこの辺は読みたいと思っていた。
学生のときに、他学科専門である英米文学の講義を取ったら、新進気鋭の助教授(今はない職種)が、翻訳も出ていない最新のSF文学について語ってくれるという、至福の時間だった。英米文学科はご存知の通り、本気で勉強する気のある学生は1割もいないので、講義中私語でうるさかったため、他学科である我々がいつも一番前に座っていた。彼の講義の価値をわかっていない学生を哀れに思いながら、楽しく講義を聞いていた。数年後、その講義で紹介してくれた作家の翻訳が出て、先生の先見の明に感動したりもしていた。
以来、翻訳されていないような新しい作家の本を紹介してくれる人には、とりあえず感謝の念を込めてついていくことにしている。『ユリイカ』で連載していた安藤哲行先生、『新潮』で連載していたこの本(現在も継続中)、そして松本健二先生にどこかの文芸誌で連載して欲しいなと思う。ラテンのかなり新しいところを突っ込んで下さっている。編集者の方、お願いいたします。
■著者名:都甲幸治
■書誌事項:新潮社 2012年5月30日 250p ISBN978-4-10-332321-1
■目次
はじめに
I
1 オタクの見たカリブ海――ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(他に「ハイウェイとゴミ溜め」がある)
2 切なさのゆくえ――ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』
3 ミニマルな青春――タオ・リン『アメリカンアパレルで万引』(「イー・イー・イー」がある)
4 南米文学を捏造する――ダニエル・アラルコン『蝋燭に照らされた戦争』(「ロスト・シティ・レディオ」がある)
5 アメリカに外はあるのか――ジュディ・バドニッツ『素敵で大きいアメリカの赤ちゃん』(「空中スキップ」「イースターエッグに降る雪」がある)
6 心の襞を掴む――イーユン・リー『黄金の少年、エメラルドの少女』(他に「千年の祈り」「さすらう者たち」がある)
7 沈黙の修辞学――マイリー・メロイ『どちらかを選ぶことはできない』
8 文明の外へ――ピーター・ロック『捨て去ること』
〈コラム〉天才助成金
II
9 お笑いロサンゼルス――トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(翻訳多数)
10 オースターの新作が読みたい!――ポール・オースター『写字室の中の旅』(翻訳多数)
11 命を受け継ぐこと――ドン・デリーロ『墜ちてゆく男』(翻訳多数)
12 引き延ばされた時間――ドン・デリーロ『ポイント・オメガ』(2013年に都甲幸治訳で水声社より刊行予定)
13 監獄としてのアメリカ――フィリップ・ロス『憤慨』(翻訳多数)
14 世界の始めに映画があった――スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』(元になった短編は「モンキービジネスvol.2」に収録)
〈コラム〉作家への道
III
15 サラエボの幼年時代――アレクサンダル・ヘモン『愛と困難』(「ノーホエア・マン」がある)
16 アメリカの内戦――アレクサンダル・ヘモン『ラザルス計画』
17 心の揺れを捉える――チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』(「アメリカにいる、きみ」「半分のぼった黄色い太陽」「明日は遠すぎて」がある)
18 外国で生きるということ――ハ・ジン『すばらしい墜落』(「狂気」「待ち暮らし」「自由生活 上」「自由生活 下」がある)
19 もう一つの日本――カレン・テイ・ヤマシタ『サークルKサイクルズ』(「熱帯雨林の彼方へ」<絶版>がある)
20 動物としての人間――J・M・クッツェー『悪い年の日記』(翻訳多数)
21 さまよえるファシストたち――ロベルト・ボラーニョ『南北アメリカのナチ文学』(「通話」「野生の探偵たち」がある)
〈コラム〉英語圏の雑誌あれこれ
IV
22 バカの帝国――ジョージ・ソーンダーズ『説得の国で』(「短くて恐ろしいフィルの時代」がある)
23 熱帯の魅惑――デニス・ジョンソン『煙の樹』(ほかに「ジーザス・ザ・サン」がある)
24 いてはいけない人々、いってはいけない言葉――リン・ディン『偽の家』(「血液と石鹸」がある)
25 これは小説ではない――リディア・デイヴィス『嫌なこといろいろ』(「ほとんど記憶のない女」「話の終わり」がある)
26 認識できない恐怖――ブライアン・エヴンソン『遁走状態』(2013年に新潮社より刊行予定。すでに「居心地の悪い部屋」に2篇収録されている)
27 他なるものに出会う――ジム・シェパード『わかっていただけますよね』(「14歳のX計画」がある)
28 ノスタルジーの国への旅――マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』(翻訳多数)
29 B級小説の快楽――ジョナサン・リーセム『あなたはまだ私を愛していない』(「銃、ときどき音楽」「マザーレス・ブルックリン」「孤独の要塞」がある)
30 街のにおい――ダン・ファンテ『安酒の小瓶 ロサンゼルスを走るタクシードライバーの話』(「天使はポケットに何も持っていない」がある)
〈コラム〉アメリカ・イギリス・アイルランドの文学賞
[特別収録]訳し下ろし短篇
「プラの信条」ジュノ・ディアス著/都甲幸治・久保尚美訳