崖っぷち/フェルナンド・バジェホ
コロンビアの作家の小説で舞台がメデジンと聞くだけで、ホルヘ・フランコ「ロサリオの鋏」のような麻薬とゲリラと暗殺者、といった雰囲気を想像したら、トーマス・ベルンハルトだった、といった感じ。実際このフェルナンド・バジェホには映画化された「暗殺者の聖母」という作品があり、これがシカリオ(暗殺者)の物語で、どちらを訳すか迷ったという話が訳者あとがきに記載されていた。
思わずトーマス・ベルンハルトと言ったが、「夜になる前に」のレイナルド・アレナスもその傾向がある。罵倒罵倒、すがすがしく罵倒。なので一気に読める。
主人公がエイズに犯された弟の見舞いに実家に帰って来たところから話は始まる。遡って父親が死んだときの話や、弟とニューヨークで暮らしていた頃の話も出てくる。読んでいくうちに主人公の家庭が裕福であることに気付く。父親が大臣を経験したこともある政治家であり、兄弟も多く(そこがまた母親への憎悪の理由になるのだが)、実家も大きなお屋敷のようだ。それが弟と二人で不法移民として暮らしていたニューヨークでは守衛、トイレ掃除といった仕事をしている。NYで社会保障に守られている黒人への罵倒は編集部が後書きの後に一言断りをいれたのもわかるほどの内容だ。
ここで罵倒されているのは国(コロンビア)、宗教(カトリック)、女(母親)。その三種類を繰り返し罵倒する。とにかくしつこい。自伝的な色の強い作品で、バジェホ自身5人兄弟の長男。父親は新聞社を経営したこともある人物で、母親の姓の「レンドン」は作品の中でも罵倒の対象として何度も出てくる。表紙の写真は作家本人と弟の子供の頃の写真だそうで、後ろの方が本人。この美しい時代の後に二人は実際にどうなって行くのだろうか?作品の中では悲惨な行く末となるのだが。
主人公は母親や他の兄弟たちは罵倒するが、父親とすぐ下の弟ダーリオへだけは掛け値のない愛情を抱いている。しかしダーリオがエイズになったのはゲイだからであって、弟をゲイへと導いたのは主人公自身だ。
ところで、本当は何人兄弟なのだろうか?23人とか20数人とか言う数字が出てくるが、それはお話としても少々現実味に欠けるので、最初に出てきた9人が正しいのだろう。長男・フェルナンド(主人公)、次男・ダリーオ(エイズで死にかけ)、三男・シルビオ(25歳で自殺)、[以下順不明]弟・アニバル(その妻ノラは父親の屋敷に住んでいる)、弟・カルロス、妹・グロリア、妹・マルタ、弟・マヌエル、末っ子・グエン・グエポン。作家の本当に兄弟の数は5人だそうだ。
フェルナンド・バジェホは1942年生まれだから70歳近い。作家になる前に映画監督をしていたせいか作家デビューが43歳のときと遅いせいか、意外に年齢が高い。それにしても初翻訳とは。先に挙げた「暗殺者の聖母」も訳して欲しい。
■書誌事項
フェルナンド・バジェホ著,久野量一訳
書誌事項:松籟社 2011.12.8 212p ISBN978-487984-298-5(創造するラテンアメリカ 1)
原題:El Desbarrancadero : Fernando Vallejo, 2001