聴く女/トーベ・ヤンソン
トーベ・ヤンソン・コレクションの最終巻はトーベ・ヤンソンが大人の本として出した最初の作品。何かに背中をつつかれるように、心がざわざわして焦りだしたときにトーベ・ヤンソンを読むと落ち着くことを思い出して、読んでみた。
多分それは「リス」のような作品に代表される"島暮らし"の描写なのだろう。厳しい自然と孤独に淡々と闘う姿を見ていると、次第に気持ちが落ち着いて来る。本作でも薪を割っていく仕事や、朝起きてからの一連の動作を儀式のように執り行うことで、気持ちが落ち着いてく様がこちらに伝わって来る。ともに冬を越そうとするリスともなれ合うでもなく、無視するでもない理想的な関係を築こうとするが、自然はやはり意外なことをしてくれるのだ。
表題作「聴く女」では、人間関係をきちんと押さえていく人の基礎能力はやはり「記憶力」なのだなとあらためて思い知らされる。忘れただけではないようだけれど、失われた記憶を再構築していく様が独特の方法で興味深い。「人の話をきちんと聞ける人」はいつの時代もどこででも高い評価を得るが、そんな人の中にもいろいろな思惑があるもの、という話だろうか。あるいは、いい人そうに見える人ほどなめてかかると怖いということだろうか?
「偶像への手紙」はあこがれの作家の新作が評判が悪く、励ましたくて初めて手紙を書き、そして自分の住所を書いたことから一線を越えてしまった女性の話。誰しも「偶像=アイドル」はいるが、そこに近寄ることを禁じているうちは良かったのに、踏み込んでしまったときのあの気まずさといったら独特のものがある。ファンレターのみの昔と違い、今はtwitterなどで気軽にみんな話しかけているが、あの気まずさを感じることが少しは減ったかもしれない。しかし、やはり踏み込んで良い相手と悪い相手がいるのだと感じている。それは相手にとって、という意味ではなく、自分にとって、という意味なのだが。
「砂をおろす」や「発破」に見られる、働く人に憧れる子供への目線が厳しくも優しいところがトーベ・ヤンソンらしいなと感じた。
■書誌事項
著者:トーベ・ヤンソン著,冨原眞弓訳
書誌事項:筑摩書房 1998.5.5 202p ISBN978-4-480-77018-9
原題:Lyssnerskan, 1971. Tove Jansson
■目次
聴く女
砂を降ろす
子どもを招く
眠る男
黒と白―エドワード・ゴーリーに捧ぐ
偶像への手紙
愛の物語
第二の男
春について
静かな部屋
嵐
灰色の繻子
序章への提案
狼
雨
発破
ルキオの友だち
リス
→「島暮らしの記録」トーベ・ヤンソン
→「フェアプレイ」トーベ・ヤンソン
今回は、ほぼ定価で古書にあったので買ってしまったが、上記2冊はまだプレミアついて高い。