顔のない軍隊/エベリオ・ロセーロ
コロンビアの新鋭作家だというふれこみ。しかもタイトルに「軍隊」とある。さぞ麻薬と武装勢力でドンパチやるんだろうと思いこんで読み始めると、拍子抜けするほど、のんきな出だしだ。70を過ぎる元教師のじいさんに困った性癖があって、それは覗きだ。オレンジの木をもいでいるふりをして、隣家の奥さんの姿を覗いている。隣家のダンナもじいさんの妻も気付いていて、困ったものだと思っている。「やれ、じいさんや」「ほれ、ばあさんや」クラスののんびりさ加減から、次第に彼等のおかれた状況が明らかになっていく。
途中、じいさんとばあさんが、まるで不条理劇のような追いかけっこを始めてから、村の様子が不気味さを増していく感じが何とも言えず、怖い。のんきな隣家の夫も妻も息子も、町の飲み屋の親父も、エンパナーダス売りの男も、結局みんな消えていく。
舞台となっている村はどこにでもある平凡な地方の村。つまり、現代の日本に置き換えると、青森や秋田の山岳地帯の山村で、政府軍と左翼ゲリラと自警団に発する右翼勢力が、麻薬や誘拐の身代金を資金源に勢力争いを展開している。誘拐されて、身代金を払えず殺される村人たち。残された人たちは、逃げだそうにも地雷の埋まった道を通らなくてはならないので逃げられない。時々やってくるテレビ・クルー。その状況を東京の人たちはテレビで見ている。麻痺してしまって無関心。村から逃げてきた人たちがひっそりと都会の片隅で生きるために犯罪を犯している。コロンビアは今そんな状況らしい。すごい。
この、じいさんの「本当に状況がわかってるの?」的なのんきな語り口調だからこそ、リアルに迫ってくる、この怖さ。できあがった原稿から量を半分に削ってスピード感を出したという、作家の大胆な試みは成功している。一気に読める量だ。大丈夫。誰にでも勧められる。
著者:エベリオ・ロセーロ著,八重樫克彦,八重樫由貴子訳
書誌事項:作品社 2011.2.5 238p ISBN978-4-86182-316-9
原題:Los ejércitos. Evelio Rosero, 2007