オラクル・ナイト/ポール・オースター
ポール・オースターの2004年の作品。その後The Brooklyn Follies、Travels in the Scriptorium、Man in the Dark、Invisible、Sunset Parkと精力的に刊行されているので、全然追いついてませんが、とりあえずめでたいということで。
オースターの本を読むとき、なんだかとても身構えている。何に身構えているのかというと、普通に起こり得る出来事が書かれているので、そのまますーっと読み進めていると、突然「変なもの」が出てくるからだ。例えば延々石を積み上げるとか、24時間誰かを見張るとか。最初あれ?と思うのだが、そのまま読み進めていくと、なんだかたいしたことがないような気がしてしまう。でも違うんだということに気付いたときの、「異化効果」みたいなものが怖くて楽しみなんだということに気付いた。
今回、「歴史保存局」が出てきたとき、「ほら来た!」と思った。電話帳の保存図書館だ。そしてそれを作った原因が解放直後のダッハウの強制収容所での体験という「変な話」。それまで一人の男の「日常からの逸脱」話をすんなり読んでいたところに、爆弾が落ちてきたようだ。
このエピソードは物語の中の小説の中での話。その前からこの小説を書いている間に著者である主人公が文字通り「消えて」しまうという現象が起きたり、ジョン・トラウズの義弟が3Dビューアーにはまって現実に戻ってこられなくなったりと、ちょっと変わったエピソードがあったりする。でも「歴史保存局」の爆発力にはちょっと負ける。この後、少し落ち着いて読めるようになった。けれど、「変な」出来事は次々と現れていき、それがわくわくさせてくれるので、「オースター・ワールドに浸っている」感じがつかめて来る。
「青いノート」とは何だろう?選ばれた人が物語を書くためのノートのようだ。チャンに嫌われてしまったオアは二度とそれを手に入れることが出来ない。だが、オアにとって「青いノート」に書いた物語は不吉で不幸なものとなり、破いて捨ててしまう。けれど、それが「始まり」だったりする。他にも不思議なお話が頻出する。チャンの存在も彼が連れて行く売春宿のようなところも不思議だし、オアの書く宇宙大戦争の脚本のシナリオもおかしな話だ。長い注(オアの書いたもの)が入っているのも妙な作りだが、これをぴったりとページの版面に合わせて入れ込むのはちょっと面倒な作業だったのではないだろうか?
この物語の重要なベースは「愛」なんだろうとは思う。グレースへのオアの愛は「Just keep on loving me, and everything will take care of itself」と相手に言わせるほど深い。グレースやトラウズのつく嘘は保身ではなくオアに対する愛情だと心底思う。ただ、その分厳しい暴力もチャンによるオアへの暴力、トラウズの息子によるグレースへの暴力。破壊されつくしたオア夫妻だが、借金はなくなっているから文字通り「ゼロ」からの再出発ということになるのだろう。果たして二人はこのまま二人で歩いていけるのか、私にはちょっとわからない印象を残した。
■著者:ポール・オースター著,柴田元幸訳
■書誌事項:新潮社 2010.9. ISBN4-10-521714-3/ISBN978-4-10-521714-3
■原題:Oracle Night, 2004: Paul Auster