サヨナラ―自ら娼婦となった少女
コロンビアのガルシア=マルケス以後の作家の作品を読むことが出来るというだけでラッキーだと思わなくてはならない。ホルヘ・フランコの「ロサリオの鋏」だけしか読んだことがないのではないかと思う。暴力とユーモアのあふれた、面白い作品だった。「サヨナラ」は主人公の源氏名で、日本語の「さようなら」のことだ。そんな源氏名がつけられたのには、ちゃんと理由があった。それは本文にて。
女性作家が女性を主人公に書いた作品にはなんだか「気持ち悪いな」と感じるときがある。その居心地の悪さとはおそらく、真っ向から「愛とは」とか「女として」とか書かれてしまうときじゃないかと思うのだが、自分でも今ひとつよくわかっていない。例えば、イサベル・アジェンデの最近のものとか、ここには書いていないが、アメリカの女性作家に感じるものが多い(読んだ本全部ここに書いているわけではもちろんありません)。
この作品で、その居心地の悪さを感じずに済んだのは、ルポルタージュの形をとっているからだろうと思う。一応客観的な印象があるからだ。それから、当時の石油採掘についてや、労働者と会社の闘争について詳細に記載しているせいもあるだろう。このあたりは完全なフィクションではもちろんないが、コロンビアの現代史の中で似たようなことはあったのだろう。サクラメントとパヤネスの移動がジャングルの中であるところがコロンビアらしいなと感じたりもした。舞台となっているトーラのモデルとも言える「バランカベルメハ」はメデジンと同じくらい覚えておいた方が良さそうな町の名前だ。
サヨナラが何故娼婦になったのかを探る話、サヨナラが娼婦になるまでの話、娼婦になった後のパヤネスとの恋の話などはそれぞれ面白いのだが、伝説の娼婦と呼ばれている時代の逸話が少ないような感じがして、ちょっと肩すかしな気がした。サヨナラのすごさがあまり伝わってこない。その一方でサヨナラを育てた老娼婦のトドス・ロス・サントスは魅力的なラテンのおばあさんだなということが非常にわかりやすく伝わってくる。
488ページと量は多いが、堅苦しくなく楽しく読める本文に対し、それ以外のところで少々欠点もあると思う。扉にある言葉の引用元は「セント=ジョン・パース」→「サン=ジョン・ペルス」だそうだ。翻訳のミスは、私はスペイン語が読めるわけではないので、指摘できないし、教えてもらったところで何とも思わない。だが、人名の事実関係は以前仕事にしていたので、少々眉をひそめてしまう。こういうのはたとえ初刷が1000部であっても、私は編集者の問題だと思うのだが。あと、装丁が今ひとつ。サヨナラのカラーである紫にこだわったのかもしれないが、目を引かないし、妖しげな雰囲気も出ていない。「崩壊」の装丁はよかったな。
■著者:ラウラ・レストレーポ著,松本楚子,サンドラ・モラーレス=ムニョス訳
■書誌事項:現代企画室 2010.1.20 676p ISBN4-7738-0913-2/ISBN978-4-7738-0913-8
■原題:La Novia Oscura : Laura Restrepo, 2006