愛その他の悪霊について
長編「コレラ時代の愛」と最近の「わが悲しき娼婦たちの思い出」の間に書かれた中編。後期というか、多分もう晩年の作品の一つと呼んでも良いのではないかと思う。物語の前段として、マルケスは1949年10月に自分が取材したサンタ・クララ修道院の納骨堂の遺骨撤去作業の現場を持ち出す。そこで22メートルの髪をもつ少女の頭蓋骨が出てきて、その少女の名前がシエルバ・マリア・デ・トードス・ロス・アンヘレス。修道院から22メートルの髪をもった頭蓋骨が出てきたことが事実かどうかを確認する作業は省略させてもらうが、事実でないとしても、ノンフィクションの体裁をとった幻想的な作品と言えよう。
両親の怠惰と無関心のせいで黒人奴隷の間で育ち、黒人の宗教(呪術?)や文化(アクセサリや衣装)を身につけて育った少女が狂犬病の犬に噛まれたことによって悲劇が始まる。先代のおかげで侯爵の地位にいる父親の無為無気力、砂糖の密輸などで興隆を極めた後、男やカカオ酒に溺れたことによって落ちぶれてしまう母親の怠惰ぶり、これはガルシア=マルケスらしい衰退の物語だ。
狂犬病にかかる=悪霊が憑くということで、父親は修道院に娘を追いやってしまう。神父カエターノ・デラウラは悪霊払いを行う。キリスト教世界の偏見の物語として読んでいるので、彼女は悪霊に憑かれてなんかいないという前提でいると、下記のような箇所にあたってしまう。
そして、デラウラは、ほんものの悪霊憑きの恐るべき光景を目にすることになった。シエルバ・マリアの髪は独自の生命を得てメドゥーサの蛇のように逆立ち、口からは緑色の涎が、そして邪教のことばの罵詈雑言が果てることなくあふれ出した。デラウラは十字架を振りかざし、彼女の顔に近づけ、恐怖のさなかで叫んだ――「そこから出ろ、何者なのか知らぬが、地獄のけだものよ、出ろ」
このシーンが読む者をたぶらかそうとしているような気がして、落ち着かなくなる。どう考えても、これではただの悪魔憑きではないだろうか?
200年前のコロンビアの「異端」に対する執拗な攻撃やそれに伴う少女の悲劇を、ガボは現代の何ととらえて物語ろうとしたのだろうか。
■著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス著, 旦敬介訳
■書誌事項:新潮社 2007.8.31 244p ISBN4-10-509016-X/ISBN978-4-10-509016-6
■原題:Del amor y otros demonios Gabriel García Márquez, 1994