最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2007年8月

2007年8月18日

エレンディラ

エレンディラ内容はざっとこんな感じ。エレンディラはジャングルの奥地にある豪邸で両親が早世し祖母に育てられた。祖母は大きくなったエレンディラを召使いのようにこき使う。エレンディラの火の不始末から、豪邸は全焼してしまう。非情な祖母は、償いを求め、エレンディラに売春を強いる。二人は砂漠の町々をまわり、いつしかそれはキャラバンとなり、人々の噂になる…。

昨年「にしすがも創造舎」(廃校になった旧朝日中学校)の体育館でやる予定が、その空間が演出プランに見合わないことが分かり、新たに劇場を探したそうな。その結果が、いつもの「彩の国さいたま芸術劇場」ですか。あそこは天井も高いし、奥行きもあるし(主舞台18.18m+後舞台18.18m)、芸術監督だし、別にいいんですが、都心から遠いんですよ。巣鴨の方がまだましだなぁ。

蜷川さんは若い男の子を育てるのが好き、というかうまいというか。原作では主役でないのに主役になってしまったというくらいなので、中川晃教という人もなかなかですが、特筆したいのは、娘(って最近言われなくなったのはやっぱ実力ですかね)の映画に出ていた美波です。本当にほぼ「全裸」の大熱演。エレンディラって、イノセントだけど妖艶じゃないとならなくて、それはファム=ファタルっぽい小悪魔かげんとはまったく違う次元のところにあって、エキゾチックとも遠くて、難しい役どころです。祖母の言うことを何の疑問も感じずにきいている頭の空っぽな見た目ももちつつ、実はかなり考えていたり、ウリセスに向かって「あんたは満足に人も殺せないのね」というふてぶてしさももっていないとならないし。前述のクラウディアの印象があったりしますし、あまり期待していなかっただけに、「おお」という感じで感動しました。彼女は素晴らしい。

演出はまぁほどほどな派手さで、良い感じでした。そんなに一生懸命クルマ動かさなくてもいいのに、とか、そんなに一生懸命雨をふらせなきゃいいのに=ふかなくてもいいのに、とか多少思いましたが。衣装がよかったな。エレンディラと祖母の衣装が特に。マイケル=ナイマンの音楽は悪くはないのですが、どうしてもフェリーニっぽい感じがして、ちょっとそれが不満。もう少しベースに太い音があれば南米っぽいのに。でも、まぁ総じて楽しかったです。

で、問題なのは脚本。燐光群の坂手洋二なんて大物に書かせるから…。またこの人もコロンビアまで旅しちゃうし、思い入れたっぷりです。原作を傷つけないよう、それでいてオリジナリティを発揮したいというか、ガボの世界をちゃんと取り入れてますよ的な主張が強いというか。決して悪い脚本ではありませんが、4時間10分です。とにかく長すぎます。長すぎることによる弊害があるので、やはりこれは観客のこと考えてる?と思います。作り手のわがままだなぁと。

まず、上演時間が長すぎると、平日ソワレができないじゃないですか。都心から離れた劇場であるという理由もありますが、非常に難しい。一応週に2回、ソワレがありますが、19:00スタートで23:10終演。終電のない人多いんじゃないでしょうか?(配られたチラシの中に時刻表が入っていましたw)。実際、上演中の終盤終電を気にして早く出る人もいたそうです。芝居でそれは私はイヤですね。ゆったりおしゃべりとかして、全部トータルで観劇です。

それに平日ソワレが少ないのは働いている若いOLとかは来るなというような意味にとれます。明治座じゃないんだから、年寄りばかりでいいんですか?この芝居、若い人に見せたいと私は思います。藤原竜也とかジャニーズ系ほど人を呼べる若い男の子がいるわけじゃないから、若いOLさんを相手にする必要がないってことかな。実際、そういうお値段(12,000円也)でもありますよね。若い人が気軽に行ける値段じゃない。

話を元に戻すと、脚本については本音では不満が多いです。「大きな翼のある、ひどく年取った男」を入れたのはまだしも、「奇跡の行商人、善人のブラカマン」はまったく余計でしたね。原作読んでない人には「あれは何の意味があったの?」と思われるのは必至。また、二人がワユ族の血を引いていた、というところは良いと思いますが、それで押さえられなかったのかな。原作を知っている人間からすると、ウリセスとエレンディラのその後は別に要りません。やっぱりエレンディラが去っていくところで終わって欲しかった。別に「エレンディラ」を伝承にしなくてもいいし、ガルシア=マルケスを出さなくてもいいです。ウリセスを堕天使にしなくてもいいし、エレンディラはその後生きていなくても結構です。

「何年もかけて、孫に売春で贖罪(しょくざい)させるばばあと、それに黙って従う女の子。四の五の言わないで、そういう世界があるんだと。我々の価値判断で推し量らず、それを理解し受け入れられるかどうかが決定的なことだと思う」
出典:「ガルシア・マルケスの世界――「エレンディラ」演出・蜷川幸雄さん」(毎日新聞)

まったく、その通りだと思うんですよ、蜷川さん。マルケス読みは基本的にそうしてます。そうしないと楽しめないのです。それなのに、なぜ今回の脚本は「解釈」が入るんでしょうね。あれも一種の解釈ではないかと思います。もと(原作)が面白いので、そのままやってくれて充分。俳優と演出と音楽と、舞台のすべてが楽しければそれでいいんじゃないかと思いました。

制作:財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ
会期:2007年8月9日(木)~9月2日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場
原作:ガルシア=マルケス・ガブリエル
脚本:坂手洋二
演出:蜷川幸雄
音楽:マイケル・ナイマン
美術:中越 司
照明:原田 保
音響:井上正弘
衣裳:前田文子
ヘアメイク:佐藤裕子
振付:広崎うらん
音楽助手:阿部海太郎
演出助手:井上尊晶・石丸さち子
舞台監督:小林清隆
出演:中川晃教/美波/品川徹/石井愃一/あがた森魚/山本道子/立石凉子/國村隼/瑳川哲朗

公式サイト

追補:やはり上演時間が問題になったようで。上演時間についてというのが8/21にアップされました。

2007年8月13日

族長の秋 他6篇

族長の秋「族長の秋」は面白いガルシア=マルケスの作品の中でも特に面白いとまずは率直に思う。「百年の孤独」ほどではないが、これも3回目くらいの再読になるだろうか。荒唐無稽というか、デフォルメされすぎというか、グロテスクというかナンセンスというか、もう滅茶苦茶なんである。裏切ったかつての友を丸焼きにして祝宴に出す、宝くじの不正を隠すため2000人もの子供たちを乗せた船を沖に出して爆破する、妻子は犬に八つ裂きにされるし、列挙したらきりがない。

誰にでも読みやすいとは言えないかもしれない。改行のない文章が延々続く(改段は4ヶ所くらいだったように思う)。それから、語り手が不特定である。「わたし」だったり「われわれ」だったり、違う時代のはずなのに、同じような顔をしてでも異なった語り手が現れる。また、例によって時系列もぐちゃぐちゃで、死んだ後からスタートし、さかのぼったり、後ろへ行ったり、概ねもう年齢の行ったところから死ぬまでの流れにはなっているものの、ゆらゆらと揺れる感じがして、これっていつの話?などと思うのを止めてしまう。これだけでも相当読みづらいのだが、全然感じさせないパワーがあるし、何にせよおもしろいエピソードが満載なので、全然疲れない。

荒れ果てた宮殿をさまよう牛と孤独な独裁者のイメージ。そして足のつぶれた、ヘルニアの腫れ上がった、女のような手をした老いた独裁者。このイメージを決めて、語り口をあのゆら~っとしたやつに収めたところで、著者の勝ちだったような気がする。そしてそのイメージの世界に入り込めば、読む方も苦労せず、すっと楽しめるようになる。
ラテン・アメリカの複数の独裁者がモデルだそうだが、カリブ海沿岸の臭いはエクアドル、ホンジュラスあたりかな?海がないというあたりがボリビアっぽいし。あの辺の生ぬるい空気の感じをつかんでおくと、もっと楽しめる。

「族長の秋」は新潮社から全集の中の一冊→文庫で出され、その他の6篇はサンリオ→ちくま文庫の「エレンディラ」7篇の中から「失われた時の海」を除いた6篇。「エレンディラ」の映画ってDVDにならないのかなぁ。クラウディオ・オハラのコマーシャル、まだ覚えてる。すごい印象的だった。ビデオにはなっていたんだけど、DVDになって欲しい。そういや芝居が始まっているんだな。芝居で盛り上がって、DVDになってくれないかな。「大きな翼のある、ひどく年取った男」もDVDになって欲しい作品の一つ。

■著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス著,高見英一訳
■書誌事項:新潮社 2007年4月25日 446p ISBN978-4-10-509012-8
■目次:
大きな翼のある、ひどく年取った男 Un senor muy viejo von unas alas enormes(鼓直)
奇跡の行商人、善人のブラカマン Blacamán el bueno vendedor de milagros(木村榮一)
幽霊船の最後の航海 El último viaji del buque fantasma(鼓直)
無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語 La increible y triste historia de la cándida eréndira y de su abuela desalmada(鼓直)
この世でいちばん美しい水死人 El ahogado más hermoso del mundo(木村榮一)
愛の彼方の変わることなき死 Muerte constante más allá del amor(木村榮一)
族長の秋 El otono del patriarca(鼓直)