月光浴―ハイチ短篇集
ハイチの作家の短篇集。「クレオール文学」というのも一時期流行った記憶があるが、それでも翻訳されている量は少ないかもしれない。私がハイチに興味をもったのは、アンナ・ゼーガースがハイチを好きで、ハイチにまつわる小説をいくつか書いているからだ。世界で一番最初に独立した植民地であるが故に歴史上抹殺された土地である一方、コロンブスのせいでヨーロッパ人にとって「楽園」のイメージの強い複雑な島。ブゥードゥー教なくしては語れない文化。フランス語文化圏でありながら、クレオール語がローカル・ランゲッジだったりする。作家たちのサークルはフランスにもカナダのケベックにも、アメリカにもあるという、その不思議な土地の関係。
この中で断トツに面白かったのはエドウィージ・ダンティカの「葬送歌手」だ。と思ったら、アメリカ在住の作家で、ほかに翻訳も出ている(「クリック?クラック!、「アフター・ザ・ダンス」)。「葬送歌手」はハイチから何らかの理由で亡命してきてアメリカ社会にとけ込もうとハイスクールに通うハイチ人女性3人のマンハッタンでの物語。
本人の作品ではないが、フレンケチエンヌについての評論「フランケチエンヌ―クレオールの挑戦」が出ているが、他の作家は翻訳されていないようだ。
中南米の歴史的文化的背景も相当複雑だが、ハイチのそれはさらに一層複雑で苛烈な歴史だった。最後に長文の論文が掲載されていて、これがハイチ文学を学ぶ上でたいへん役に立つ。
■原題:Bain de Lune: Anthologie de re´its haíticiens
■著者:立花英裕,星埜守之編,フランケチエンヌほか著
■書誌事項:国書刊行会 2003年11月29日 364p ISBN(文学の冒険シリーズ)
■目次
ほら、ライオンを見てごらん(エミール・オリヴィエ)
昨日、昨日はまだ……(アントニー・フェルプス)
葬送歌手(エドウィージ・ダンティカ)
母が遺したもの(マトリモワヌ)(エルシー・スュレナ)
天のたくらみ(エルシー・スュレナ)
はじめてのときめき(エルシー・スュレナ)
島の狂人の言(リオネル・トルイヨ)
スキゾフレニア(ジャン=クロード・フィニョレ)
ローマ鳩(ケトリ・マルス)
アンナと海……(ケトリ・マルス)
ありふれた災難(ヤニック・ラエンズ)
月光浴(ヤニック・ラエンズ)
私を産んだ私(フランケチエンヌ)
ハイチ現代文学の歴史的背景(立花英裕)