アディダスVSプーマ―もうひとつの代理戦争
■原題:Pitch Invasion : Barbara Smit
■著者:バーバラ・スミット著,宮本俊夫訳
■書誌事項:ランダムハウス講談社 2006.5.24 ISBN4-270-00127-5 448p
■感想
スポーツブランドで知られるアディダスとプーマがもとは一つの会社で、ドイツの片田舎の小さな町で、川のこっち側と向こう側に本社があることはよく知られている。元は兄弟の会社で二人が袂を分かれ設立したのが二社だと。スポーツビジネスの中でライバルとして争ってきた二社のストーリーを読みたいというより、むしろ戦前から続くドイツのある家族の物語が読みたいと思い読み始めた。
期待していたものでは正直なかった。やはりビジネスがメインになってしまうから仕方がない。だが、もう少し家族の仲違いが生み出す困ったエピソードなどがあると親近感が湧いたような気がするのだが‥。著者が明らかに職人肌のアディー・ダスラーに肩入れして、商売人のルディ・ダスラー(プーマは「ルーダ」の変形だそうだ)を軽視し、それがそのままホルストvsアーミンの息子の世代にまで引きずっている。この二人が仲違いしたのは、性格の違いからやむを得ないのだろうが、大きな原因はナチにあったのが時代故だ。実際に親子や兄弟での密告は頻繁に行われ、戦後まで引きずったのはよくあるが、この二人の仲違いは根本的には誤解と思いこみから発しているように思われる。
途中、主役がホルスト・ダスラーに変わると、ここからが国際スポーツ・ビジネスの表舞台で、オリンピックやワールドカップのそれぞれの大会でどうホルストが活躍したか、そしてフランスや日本などワールドワイドに広がっていく。この辺がおそらく一番面白いところなのだろうが、どういうわけか、私には一番退屈だった。サクセス・ストーリーが嫌いなのかもしれない。
それより、むしろ靴メーカーのドイツ・アディダス(両親)と国際企業であるフランス・アディダス(息子)の対立がどう深まっていったか、というあたりはあまり描けていないからだろう。ホルスト側の一方的な話しか見えてこないのだ。母親や姉妹たちの性格描写が弱いからではないだろうか。頑固一徹職人のアディとビジネスマン・ホルストが仲違いするのは当然だが、母親と息子のひどい仲違いの原因が根本的にはよくわからない。ノンフィクションで、これだけ魅力的な題材で、これだけ人が描けていないのでは、面白い筈がない。それはこの一族だけの話ではなく、後で出てくるたくさんの投資家や後のアディダス、プーマを救ったビジネスマンについても言える。レネ・イェギにしても、ロベール・ルイ=ドレフェスにしても、もう少し人物についての描写が薄い。ただ一人、ジルベルト・ボーだけが、ちょっと魅力的に見えたが、それ以外ベルナール・タピの悪漢ぶりくらいしか記憶に残らない。
それでも、ホルスト死後、多くの投資家が出てくるあたりから逆にスピード感が増してくる。アディダス、プーマの危機的な状況をヒヤヒヤしながら読んでいる方が面白い。
結局、アメリカ市場でのナイキとの戦いにあっさり敗れてしまったアディダスとプーマ両者は家族の手から失われてしまうことになる。ホルストが若く死んだことも大きい。結局彼がようやくドイツ本社に戻ってからがアディダス凋落のスタートであることを考えると、父親が生きているうちに戻れば、違っただろうになと思わざるを得ない。
それでも、多くの経営者や銀行が努力を続け、なんとかアディダスもプーマも巨大な国際企業として生まれ変わり、2006ワールドカップでさらなる激しい戦いを繰り広げることでしょう‥ってなところで終わっているのだが、ちゃんと家族の話にもオチがついている。最後に、アーミンの息子フランクが川を越えてアディダスの法律部門の責任者に就任したという逸話がのっている。家族経営からはほど遠くなり、株ですらもうほとんど残ってはいないダスラー家だが、長年の対立の末の小さな和解の兆しとみて良いのかもしれない。