ヒトラー 最期の12日間
■原題:Der Untergang 2005年 独=伊 155分
(公式サイト)
2005年に公開されて物議を呼んだ作品。ヒトラーをドイツでドイツ人監督や俳優たちが真正面から作成した初めての映画として話題となった。本当はロードショーに行きたかったのだが、なかなか時間がとれず、DVDで初見となった。一言でいうと、素材は重く暗いものなのに、とても上質なエンターテイメント作品に仕上がっていることに意外な驚きを感じた。
私はもともとブルーノ・ガンツのファンだ。もちろんヴェンダースのせいだが、ヴェンダース作品以外の「白い町で」なんかも大好きだ。とてもピュアで素朴なおじさんという役所が多い。それがドイツ人俳優が演じるにはタブーというか、最も難しいと言われるヒトラーをやった、しかもものすごく似ているという話だった。本拠地は舞台俳優だし、ドイツ人らしい執拗な研究に基づいた細かい仕草が似ているという評判だ。といっても本当に似ているのかどうかは私はわからないので、ブルーノ・ガンツのヒトラーの仕草がヒトラーらしいのだと、今回インプットした次第だ。
ヒトラーを生身の人間として描くことは、多少は人間味のある人物として描かざるを得なく、ある意味彼の犯罪を否定するに近いとされて、ドイツ人にとってはタブーの題材だったのが、逆にそうではないことがよくわかった。ヒトラーは普通の人とは思えないが、狂人でも精神異常でもない。女性には親切でていねいだが、部下を罵倒する姿は常人とは思えないすさまじい姿だ。まさに人間が人間に対して行った最大の犯罪行為=虐殺が人間の手で発想され、実行されたことの恐ろしさを実感できる。
舞台は有名なベルリンの地下要塞だが、そこが最初は混乱したラビリンスのように見えて、実はとてもシステマチックに出来上がっていることが徐々にわかってくる仕組みになっている。兵士や事務員が普通に仕事して、普通にさぼってたばこを吸っている姿が、かえって奇妙だ。一方でベルリン陥落直前の状況は悲惨の極みだ。無茶苦茶な防衛戦、死を目前にして恐怖から娼館で遊ぶ兵士、犬死にしていく無謀な市民兵、非協力的な市民に対する同じ市民の手による壮絶なリンチ、などなど。
この映画で一番しんどかったのが、やっぱりゲッペルス夫人が6人の子供を青酸カリで殺す場面。生き残っていたら、どういう目に遭っていたかわからないとは言え、昔なら大丈夫だったと思うのだけど、今の私にはきつかった。
それにしてもうまいというかうますぎるオチだ。映画全体は秘書トラウデル・ユンゲの手記「私はヒトラーの秘書だった」(とヨアヒム・フェストの「ヒトラー最後の12日間」)をベースにしているのだが、この人自身は戦後戦争犯罪には問われていない。ヒトラーの戦争犯罪について何も知らなかったということになっているのだが、本人が最後にインタビューで出てくる。何も知らなかったから自分は悪くないなどとは言えない。耳をそばだてていれば知っていた筈だと語る。同じ歳に生まれ、自分がヒトラーの秘書になった年に殺されたゾフィー・ショルのことを知り、ユンゲはそう悟るのだ。(ゾフィー・ショルを描いた「白バラの祈り」は日比谷シャンテシネで2006年1月28日より公開)
本来もつべきメッセージ性を押さえに押さえ、客観的に描こうとしていた作品なだけに、見方によってはあざといかもしれないが、力強いメッセージだと私は感じた。