最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2006年1月

2006年1月31日

目眩まし

目眩まし■原題:Schwindel. Gefühle., 1990
■著者:W.G.ゼーバルト著,鈴木仁子訳
■書誌事項:白水社 2005.11.25 ISBN4-560-02730-7
■感想
ゼーバルトの処女作。「ベール あるいは愛の面妖なことども」「異国へ」「ドクター・Kのリーヴァ湯治旅」「帰郷(イル・リトリノ・イン・パトリア)」の長さの違う短篇4篇から構成されている。「ベール…」はナポレオン戦争に従軍したフランスの文豪スタンダールの、「異国へ」はゼーバルト自身の、「ドクター・K…」はフランツ・カフカの、「帰郷」は再びゼーバルト自身の過去への旅について。どれも「旅」を扱っており、チロル~ババリアの歴史を時間を越えて語りつつ、自分自身の過去とのつながりをつづっているように見える。

四篇に共通するキーワードは第一次大戦直前の「1913年」、そして永遠の漂泊者「狩人グラフス」である。カフカの短篇のタイトルだが、独文の人間にとっては「ファウスト」や「ミニヨン」ほどメジャーではないが、一応は知っていないとならない名前だったりする(フライング・ダッチマンとどちらがメジャーかな?)。なんとなく暗いイメージが強い人物だ。

「時とともにいろいろなことが頭のなかで辻褄が合ってきたが、かといってそれで物事がはっきりしたわけではない。むしろ謎めいていくばかりだ。」というのが「帰郷」で私が故郷に帰った理由である。明確になった過去の記憶は荒唐無稽でおぞましいものばかりだと。うんうん、わかるわかると聞き手の老人は言うのだが、さすがに私にはわからない。しかし、とても印象的な言葉なので記憶しておこう。

繊細で精密な文章のため、ほんの少しでも読み落としがあると、迷路に迷い混んでしまうのだが、ていねいに語を紡いでいくと、情景がふわふわっと、細やかに現れてくる、そんな感じである。原文がそうなのだろうけれど、おそらくは日本語訳がかなり良いのではないか?特に漢字の使い方が私は好きだ。やたらと漢字を多様するのでも、難しい漢字を使いまくるのでもなく、要所要所に面白い文字の使い方をしていて、魅力的な日本語に見える。

相変わらずノンフィクションなのかフィクションなのかわからないが、今回は一応スタンダールとカフカの伝記的事実員は基づいているらしい。だが、ゼーバルト自身の旅はどうなのだろう?エッセイのように見えて完全な創作なのだろうか。「帰郷」の中にもカフカの文章が多数織り込まれているらしいが、研究者でもない限りわからないのではないか?だから、巻末に池内氏の解説が入るのは当然と言えば当然か。

白水社もすごいなと思うのだが、ゼーバルト・コレクションとしてシリーズ化してしまった。次は柴田元幸氏訳で本年末刊行予定だそうで、愉しみである。

2006年1月13日

サッカー戦争

サッカー戦争■著者:リシャルト カプシチンスキ著, 北代美和子訳
■書誌事項:中央公論社 1993.8.30 ISBN4-12-002235-8
■感想
本書は1960~70年頃のアフリカの独立時代とラテン・アメリカの戦争や革命に関するルポルタージュである。短いルポというかエッセイの集合体で、「サッカー戦争」はその中の一つに過ぎない。1993年に刊行された少し古いルポだが、筆力があるせいか、古さは感じられない。

「サッカー戦争」とは1969年、エル・サルバドルとホンジュラスの間で起きた100時間の戦争のこと。エル・サルバドルからホンジュラスへやって来た不法就労農民をめぐる両国間の感情のもつれが引き起こしたもので、サッカーの試合はきっかけに過ぎないのだが、それでも本当に戦争になるのがすごい。

テレックスをうつために街に出て、命からがらホテルに戻ってくる緊迫感。砲弾に乗っていたトラックが射抜かれた瞬間を「ふーん。こんな感じなんだ‥」的な感想をもつ。よくあるジャーナリスト病で、文明化された国に帰ると落ち着かず、アフリカや中南米の過酷な状況でのみ生きた気がするタイプだ。さまざまな戦争を扱っているが、唐突にギリシャに侵攻されたキプロスの女性たちの話がぐっとくるものがあった。

白人でありながら、大国に蹂躙されたポーランドという国の出身である著者には、アフリカや中南米の植民地支配におかれた国々の惨状に対する思いは中途半端なものではないのだろう。「彼は、アフリカ人だ」アフリカにいるヨーロッパ人に対する最高の賛辞で、これがあれば、すべての扉が開かれる、とある。すさまじい白人差別(?)にあって来た著者の忸怩たる思いが、一気に解放された瞬間だ。

それにしても、一国の政争がまるで小さな村の中のいじましい争いと同じレベルであることに驚かされる。腐敗と革命とが次々と描かれていく。アフリカはだいぶ落ち着いたが、まだまだ変わってないところもあるんだろうな。