移民たち
■著者:W. G. ゼーバルト著,鈴木仁子訳
■書誌事項:白水社 2005.9.30 ISBN4-560-02729-3
■感想
なんとなく、はまったなという気がする。この作家のどこが好きなんだろう?手法が斬新で目新しいのは確かだ。まるでドキュメンタリーかノンフィクションのように入れ込まれている新聞記事や写真がいかにもそれらしいが、真偽のほどはわからない。だから、面白い。テーマも基本的には興味のある分野だ。本人がドイツを出てイギリスで教鞭をとったせいだろうけれど、登場するのは異国で暮らす人たちだ。しかし、その理由は、直接的にジェノサイドの影響がある。みなユダヤ人で、それも一つ二つ前の世代で、すでに亡くなった人たちなのだが、どうもその話としては暗いわりには、ユダヤ人ものの気の滅入る陰惨さがない。話としてはひどい話なのだが、不思議と清涼感というか、落ち着いた静寂感があるので、ふっと話に入って行ける。
本書は四編の短篇からなる。医者で、昔ははぶりがよかったものの、今は緩慢な死を受け入れているかのような奇妙な老人ヘンリー・セルウィン、小学校のときの担任教師で自殺したパウル・ベライター、大富豪の執事として仕え、最後は自ら精神病院に入り亡くなった大叔父アンブロース・アーデルヴァルト、マンチェスターいいたときに知り合った画家にマックス・アウラッハの4人の物語である。セルウィンはリトアニアの出身で、ベライターは両親が第三帝国に財産を没収されている。アウラッハに至ってはアウステルリッツと同様、両親がナチの収容所で死んでおり、自分だけがイギリスに送られて生き残っている。
いずれも主人公は物書きで、亡くなった人の記憶をもつ人物や資料を追いかけて記録している、あるいは亡くなりそうな人から譲り受けた資料などからその人物像を描こうとしているという前提で記述されている。主人公がなかなか筆が進まないものの、どうしても彼らの足跡を追いかけざるを得ない心情がひたひたと伝わって来る。
特にアウラッハの母親が描く子供の頃の手記が「まるでドイツのおとぎ話のよう」と書かれているように、美しく、そして非常に恐ろしい。何故こんな美しいドイツは失われなければならなかったのか、とても静かにだが、胸を打つ物語だ。
ところで、このゼーバルトの作品はゼーバルト・コレクションという全集になるそうだ。配本中の個人著作全集を心待ちにしながら読むなんて経験は初めてだが、とても楽しみである。