最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2005年11月

2005年11月30日

オリエント急行戦線異状なし

オリエント急行戦線異状なし■著者:マグナス・ミルズ著, 風間賢二訳
■書誌事項:DHC 2003.5.26 ISBN4-88724-309-X
■感想
「西部戦線異状なし」と「オリエント急行殺人事件」の合わせ技のタイトルだが、まるで関係ない。イギリスのブラックユーモアものだけど、何故か肉体労働派?といった作品。インドへ旅行しようとしている若い青年がキャンプ地にちょっとシーズンオフまで居座ったが故に陥る不条理劇。状況や一癖も二癖もある人物たちに次第に絡め取られ、動けなくなっていくのだなということが、もう読み始めてすぐにわかる。だが、動けなくなっていくことを主人公は決して不快に思わず、抜け出そうとせず、淡々と受け入れていくだけでなく、楽しんでいる節もある、というところがちょっとコメディタッチだ。
最後に主人公はこの地から抜け出せるのか?という興味だけで読み進めたが、どうにも止まってしまって読み続けるのに苦労した作品だった。やっぱり私はリアリストなので、抜け出せない状況に陥るお話なんて、好きにはなれないのだ。しかもそれが「じわっ」「じわっ」と首を絞める要因になっているのに、本人がいたってのんきなのがイライラしてしまう。面白い作品なのだけれど、私とは性格的に合わなかったようだ。

2005年11月15日

アウステルリッツ

黒い時計の旅■著者:W. G. ゼーバルト著,鈴木仁子訳
■書誌事項:白水社 2003.7.25 ISBN4-560-04767-7
■感想
ドイツ人でイングランドへ移民した作家ということで読んでみた。最初は建築史の話ばかりで面食らっった。文節の区切りもあまりないし、ちょっと途方に暮れたが、すぐに面白い筋書きの風変わりな小説であると気付く。面白い筋書きになる、とすぐわかったのは、アウステルリッツが自分の生い立ちを語り始めるところからだ。風変わりであるというのは、頻繁に関連する写真が入り込んで来るので、まるで伝記のようにも、あるいはアウステルリッツの語るエッセイのようにも見える点である。

人と人が行き交う、分岐点である「駅」という建築物に引かれるアウステルリッツ。自分の記憶が5歳以前くらいまではなく、自分の育ての親が養父であり、実際の親が行方不明であることを青年期に知って、以来ずっと意図的に自分の過去を探ろうとしない態度をとり続ける。

五十過ぎまで孤独に過ごし、突然ある建物の中に入り込んだことで、自分がどこから来たのかを思い出す。そこから記憶を辿ってヨーロッパ中を旅し、自分の出身国を訪れ、父や母の足跡を追う。そして、自分の過去にかかわる歴史的事実にも目を向けずに来たことに気付く。それはもちろんユダヤ人である自分のルーツ、両親のその後を知りたくなかったからだ。

彼が記憶を取り戻すきっかけになったのが建物であり、それまで建築、美術、歴史と様々な文化に触れてきたのに何故か「音楽」ではないことに意外性を感じた(後に音楽も登場するが)。五感の中で最も記憶と結びつきやすいのが聴覚=音楽だと私は思っているからだ。

残念ながら2001年に交通事故で亡くなっているそうだが、最近日本でもあと2冊翻訳されている。ぼちぼちと読んで見たい。

2005年11月 1日

黒い時計の旅

黒い時計の旅■著者:スティーヴ エリクソン 著,柴田元幸訳
■書誌事項:白水社 2005.8.20 ISBN4-560-07150-0(白水社uブックス)
■感想
現代幻想文学の中でも、現代アメリカ文学の中でも有名な名著なのだが、どうにも敬遠して来たエリクソン。理由は多分単純に「ポストモダン‥??SF‥??」というようなムードに気圧されてしまい、近寄りがたい存在になっていたからではないかと。そもそも第二次大戦にドイツが勝っていたら、その後のヒトラーの云々というあらすじが良くない。それだけでなんとなく敬遠してしまう。だいたい本文には総統とか、Zとかしか出てないのだから、おもしろみが減ってしまう。版元はほかに何か紹介しようがなかったのだろうか。

内容はそういった歴史改訂に拘泥することなく、1970年代までドイツが勝ち進んでいてメキシコで戦っている‥という背景に重みはあるものの、それだけでは終わらないというところがある。時空と主人公が次々入れ替わって、でもちゃんと筋が通っているという面倒なストーリー展開に引きつけられ、目が離せない。最初こそ読みづらいかと感じたが、のってくると柴田氏のよく言う「ドライブ感」でぐいぐい引っ張っていく。デーニアの息子からバニング・ジェーンライトへの視点の転換、その後長い物語を経て、ゲリ・ラウバルが登場し、クロスするようにデーニアに視点が戻って来る。最後にやはりデーニアの息子へと視点が受け継がれていく。この流れに、すんなり乗れると結構楽しい小説だと思う。