龍時 02-03
■著者:野沢尚
■書誌事項:文藝春秋 2003.9.30 ISBN4-16-322220-0
■感想
野沢尚死去の報を知ったとき、瞬時に「ああ、もう龍時が読めないのか。しかし01-02の後を読んでないぞ…?」と思った。予想通り「02-03」は在庫が少なく、入手に少々時間がかかった。「03-04」がちょうど間もなく刊行だったため、予約して購入した。すると、「01-02」がもう文庫になってしまった。
何故「02-03」を読んでいなかったかというと、2002年のワールドカップ以後ほとんど『Number』を読まなくなったからだ。W杯前はワールドサッカーの雑誌は『ワールドサッカーグラフィック』と『ワールドサッカーダイジェスト』くらいしかなく、しかも月刊だった。WSDが隔週になり、『ワールドサッカーマガジン』が刊行されたのはW杯後だ。それで日本代表がメインの『Number』を読む機会がなくなった、ということかもしれない。
さて、舞台は突然セビージャをホームタウンとするベティスである。アトランティコFCというマドリー郊外の架空のクラブだった01-02と異なり、本物のクラブ。当然登場人物の中でクラブの人たちのほとんどは実在の人物である。選手、監督から会長まで実によく書けている。たった11日間の取材旅行で、よくここまで書けたと思う。筆力とはこのことだ。
02-03シーズン開始当初、確かにベティスは調子が良かった。最後崩れて8位まで落ちたが、当初の勢いなら2~3位でもおかしくなかった。主人公がこのベティスのホアキンの交代要員という設定であるところがすごい。確かにプレイスタイルは龍時と似ているのだが、著者は自分でこの設定は決めたのだろうか?誰かプロが教えたのだろうか?それにつけてもホアキンとは…。
監督のビクトル・フェルナンデスがむちゃくちゃいい監督に描かれている。本当にそうだったら選手は涙もんだと思う。内容のわりに成績が悪いため、2004年6月30日をもって辞任してしまったが。そのほか名物ロペーラ会長のキャラクターもよく書けている。アスンソンやデニウソンやカピらの得意のプレイも実によく知っていて感心する。ベティス・サポーターは当然読んでいるのだろうけど、なかなか楽しいんじゃないだろうか?方やバレンシアはビクトル・ロペスという架空の選手がアイマールの代わりにレギュラーポジションをつかみかけているという、私には面白くない設定である。ま、それはともかく、リーガをそこそこ知っていないと、どこからどこまでが架空の人物かわからないだろうな。ベティスの選手のほとんどと監督・会長、日本代表の選手たちは実在するが、後は全部架空の人物なのだが。
ワールドカップや韓国人に対する総括のような箇所もある。ミスジャッジに対する見解はなるほどなと思う。いつもは慣れすぎていて、怒ることを忘れていたかもしれない。が、ワールドカップの時は「犯罪だな」と思ったものだった。だいたいアジアやアフリカのチームの試合しか見ていない審判がまったく違うスピードの違うレベルのヨーロッパのサッカーをさばけるわけがない。国際審判制度はなっちゃない…と怒りを覚えたことを、最近忘れていた。
この一連の小説がサッカーをわかる人には面白い小説であることは保証できる。日本人の書いた小説は滅多に読まない私がそう思う。日本にもちゃんとしたノンフィクションノベルを書ける人がいるんだなと01-02を読んだときに感じたものだった。しかし、サッカーを知らない人は多少きついかもしれない。というのもこの小説のもっとも面白いのは主人公がピッチに入ったときなのだから。細かな一つ一つのプレイを文章だけで表現するのは難しいだろうに、たいしたものだ。
新しい彼女がセビージャにフラメンコの勉強に来ているポルトガル人の女の子っていうのは、ありきたりだが、別にそんなことはありきたりで構わない。ちょっとした色づけにすぎないのだから。ただ、今回主人公はすでにスペイン語は出来るが、それに加えてセビージャの文化に触れているところは正しいなと思う。彼女に連れられてフラメンコを見に行ったり、CDを聞いたりするところは、違う国のチームに移籍する選手にとって大切なことだろう。中田の成功は第一にあの語学力によるものだと私は思うので。日本から海外へ行く選手はまず彼女をつくると、その国の言葉を覚えるのが早いらしい。更に、言葉だけではなく、その国や街の文化にひたらないと、海外移籍をするトータルでの意味はないのだから。柳沢とか西沢とか、海外移籍の意味がまるでわかってない。
スポーツライターはロマンチストである。当然だろう。スポーツを見たりやったりする人間が何でスポーツをやったり見たりするのかを考えればわかる。著者は小説家・脚本家であってジャーナリストではないが、根底にあるのはスポーツライターと同じものだろう。
まぁ、スポ根ではあるが、主人公はスーパーヒーローではない。何でもできる漫画やアニメのサッカー選手と違うから面白いのだ。