シカゴ育ち
■原題:The Coast of Chicago
■著者:スチュワート・ダイベック著,柴田元幸訳
■書誌事項:白水社 1992.4.25 ISBN4-560-04472-4
■感想
1942年にシカゴで生まれ、育った作者の短篇集。七つの短篇と七つの掌篇(ショート・ショート)の組み合わせで構成されている。原題は「シカゴ海岸」なのだが、ミシガン湖岸のことだとわかる人が日本では少ないのだろう。シカゴに海があるわけではないので誤解を避けるために、この邦訳となったのだろう。ミシガン湖が何度も出てくるが、シカゴの青春時代をベースにした様々な物語が描かれている。
どの作品も素晴らしく、完成度の高い短篇であることに驚かされる。こんな本をまだ読んでいなかったのかと思うと、本当に嬉しくなる。ということは、もっといい作品と出逢える可能性があるということだからだ。
中でも「荒廃地域」はシカゴの貧しい白人の住む地区で成長した主人公の少年の日々を描いたもので、中身は濃いくせに短篇なのである。高速道路の高架下を境に向こう側は黒人の住むスラムだ。「荒廃地域」に認定されたことにより、通りに名前がないというその地域の無名性にあらためて気づかされる。そういったことを含めてバンドを組んで練習したり、バカをやっていた少年時代とその仲間の姿が描かれる。そして、その街から両親がおそらくは収入が増えたために引っ越して、それ以来少年の頃一緒にたむろしていた友達とも会ってない。大学に進学した後、授業をさぼって久しぶりに訪ねてみた、そんな物語。この「荒廃地域」はなんとなく京浜工業地帯か、あるいは板橋などの東京都東部の一部地域の雰囲気に近いと思われる。そう考えると親近感がわくと思うのだけど。
「夜鷹」という連作も良い。日本語では「夜更かし」「夜寝ない人」というような意味で使われる。江戸時代なぞは道に立つ売春婦のことを指すこともあったようだ。英語の"Nighthawks"も「夜ふかしをする人」という意味なんだろうと思われるが、なんと言ってもエドワード・ホッパーの作品で有名なのである。そう言えば、ナイト・ホークスはシカゴ美術館所蔵だった。
この絵を題材にした連作なのだが、その中でも「不眠症」はこの絵そのものの物語を想像して書いたもの。絵の中の人物に名前なんて付けてしまったりしている。他の一連の作品もこの絵に対するオマージュといった趣がある。
- ファーウェル
- 冬のショパン
- ライツ
- 右翼手の死
- 壜のふた
- 荒廃地域
- アウトテイクス
- 珠玉の一作
- 迷子たち
- 夜鷹
- 失神する女
- 熱い氷
- なくしたもの
- ペット・ミルク
1950年代後半から1960年代前半頃のアメリカの青春群像といった感のある小作品が並んでいる。マリファナ吸ってたりするし。ベトナム戦争はあまり色濃くはないが、徴兵逃れみたいな話が出てくるからやっぱりそうなんだろう。ジャズだってニューオーリンズからシカゴを経由してニューヨークに流れているし。そういった時代的な背景も感じさせながら、全体的にとても普遍的に繊細な心象風景で、よくあるアメリカ青春群像物語のような、大味なセンチメンタリズムに浸っていないところが良いなと思った。