最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2004年5月

2004年5月31日

ロサリオの鋏

ロサリオの鋏■原題:Jorge Franco : Rosario Tijeras, 1999
■著者:ホルヘ・フランコ著,田村さと子訳
■書誌事項:河出書房新社 2003.12.30 ISBN4-309-20398-1
■感想
コロンビアはメデジン出身の作家、ホルヘ・フランコは「百年の孤独」のガルシア=マルケスの系譜を継ぐと言われる。実際ガルシア=マルケス自身がそう言ってるし、バルガス=リョサの評価も高い。まずベストセラーになった、売れた、という事実が大事。久しぶりにラテンアメリカ作家で売れる作家が出た、ということが出版界としては大きいことなのだ。大型新人であることは確かだろう。

一気に読ませるパワーのある小説。一言で言うとそういうこと。暴力とドラッグ。その暴力がまたクールな殺人なのだ。映画館でポテトチップスを食べてるのがうるさいからと言って腹にズドンと一発だし、急ブレーキをかけて追突したとごちゃごちゃ言われたからとズドンと一発だ。日本のやくざやアメリカのマフィアの原始的な形と言っていいだろう。コロンビアはサッカー選手が殺されるような国だからねぇ。

メデジンと言えば、メレジン・カルテル。1980〜90年頃にアメリカに麻薬戦争をふっかけたマフィアのことですが、このあたりのことが背景になっている。若い人にとってマフィアに雇われることは貧困から抜け出すこと。兄とその親友が雇われ、自分自身もその道に入り込む主人公。しかし、ロサリオってのは殺し屋なんだろうか?そう解説にはあるのだが、仕事としての殺しは描かれていない気がするんだけどな。兄貴は鉄砲玉だけどね。かといって、マフィアの情婦といったふうでもないし…。

ロサリオ・ティヘーラスのティへーラス(鋏)というのは日本で言うところの「緋牡丹お竜」みたいなもので、呼び名というかあだ名というか冠のようなものらしい。このロサリオに巻き込まれるいいとこのボンボンが主人公。友達の恋人を好きになって、自分の気持ちを抑えながら、恋人とは違う濃密な関係を築くのだ。彼が、ロサリオとの日々を時間は前後しながらも追想する形をとっている。最後の最後にこの語り手の名前が出てくるところがいい。こういう落とし方は好きだな。

この小説は映画になるらしい。カメラがパンをするみたいに場面場面が描かれているので、非常に映画向けな作品だと思う。たとえば殺人のシーンや墓地のシーンなど、ちょっと非現実的な場面にそれが顕著である。日本で公開されるといいな。

2004年5月21日

ブエノスアイレス

ブエノスアイレス■感想
1997年頃でしたっけ。公開当時、ウォン・カーウァイの新作はプイグの「ブエノスアイレス事件」にインスパイアされた作品と聞いてみようかなと思いつつ放置しておいた。そうしたら何故か映画のドキュメント本(ブエノスアイレス飛行記)が手に入り、読んでいるうちに見る気が失せた。


別にゲイ映画が嫌いというわけではないけど、積極的に見る方じゃないし、何せ全然プイグに関係ないじゃん。「ブエノスアイレス」ロケが見られるだけでいいか…うーん、って感じで。それで忘れ去っていたら、野谷先生の本で語られているからつい見てしまいました。

やっぱり無理に見ることはなかった。ピアソラの使い方が良かったのはさすがだなと思いましたけどね。それだけが収穫かな…

2004年5月20日

マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー

マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー■著者:野谷文昭
■書誌事項:五柳書院 2003.12. ISBN4-90164602-8
■感想
いや、読み応えがあった。10年分の評論・エッセイだから、さすがに。評論として純粋に面白く読めた。しかし新作発掘、という意味では物足りなかった。野谷先生の翻訳された本はほとんど読んでしまっているため。日本文学にはちょっと興味がないので、あとはキューバ、メキシコあたりに見たことのない名前があったので、あさってみてもいいかな…と思いつつ、翻訳されてないものばかり。

唯一、どうしてもやっぱり「ブエノスアイレス」見ないとだめみたいな気がして、しょうがないので読んでいる途中で見ました。公開当時から見たくないなと思ったんだけど。あと、読んだけど見てなかったのが「苺とチョコレート」

しつこいようですが、もういいですから、誰か若いのにやらせてしまって下さい。リョサの「フリアとシナリオライター」の翻訳。

(追記)とか言ってたら出た!!ちょうどこの20日に!「フリアとシナリオライター」びっくり。ほとんどあきらめかけていたのです。

2004年5月 2日

シカゴ育ち

シカゴ育ち■原題:The Coast of Chicago
■著者:スチュワート・ダイベック著,柴田元幸訳
■書誌事項:白水社 1992.4.25 ISBN4-560-04472-4
■感想
1942年にシカゴで生まれ、育った作者の短篇集。七つの短篇と七つの掌篇(ショート・ショート)の組み合わせで構成されている。原題は「シカゴ海岸」なのだが、ミシガン湖岸のことだとわかる人が日本では少ないのだろう。シカゴに海があるわけではないので誤解を避けるために、この邦訳となったのだろう。ミシガン湖が何度も出てくるが、シカゴの青春時代をベースにした様々な物語が描かれている。

どの作品も素晴らしく、完成度の高い短篇であることに驚かされる。こんな本をまだ読んでいなかったのかと思うと、本当に嬉しくなる。ということは、もっといい作品と出逢える可能性があるということだからだ。

中でも「荒廃地域」はシカゴの貧しい白人の住む地区で成長した主人公の少年の日々を描いたもので、中身は濃いくせに短篇なのである。高速道路の高架下を境に向こう側は黒人の住むスラムだ。「荒廃地域」に認定されたことにより、通りに名前がないというその地域の無名性にあらためて気づかされる。そういったことを含めてバンドを組んで練習したり、バカをやっていた少年時代とその仲間の姿が描かれる。そして、その街から両親がおそらくは収入が増えたために引っ越して、それ以来少年の頃一緒にたむろしていた友達とも会ってない。大学に進学した後、授業をさぼって久しぶりに訪ねてみた、そんな物語。この「荒廃地域」はなんとなく京浜工業地帯か、あるいは板橋などの東京都東部の一部地域の雰囲気に近いと思われる。そう考えると親近感がわくと思うのだけど。

「夜鷹」という連作も良い。日本語では「夜更かし」「夜寝ない人」というような意味で使われる。江戸時代なぞは道に立つ売春婦のことを指すこともあったようだ。英語の"Nighthawks"も「夜ふかしをする人」という意味なんだろうと思われるが、なんと言ってもエドワード・ホッパーの作品で有名なのである。そう言えば、ナイト・ホークスはシカゴ美術館所蔵だった。

Edward Hopper: 1882-1967, Transformation of the Real (Basic Art)この絵を題材にした連作なのだが、その中でも「不眠症」はこの絵そのものの物語を想像して書いたもの。絵の中の人物に名前なんて付けてしまったりしている。他の一連の作品もこの絵に対するオマージュといった趣がある。


ファーウェル
冬のショパン
ライツ
右翼手の死
壜のふた
荒廃地域
アウトテイクス
珠玉の一作
迷子たち
夜鷹
失神する女
熱い氷
なくしたもの
ペット・ミルク

1950年代後半から1960年代前半頃のアメリカの青春群像といった感のある小作品が並んでいる。マリファナ吸ってたりするし。ベトナム戦争はあまり色濃くはないが、徴兵逃れみたいな話が出てくるからやっぱりそうなんだろう。ジャズだってニューオーリンズからシカゴを経由してニューヨークに流れているし。そういった時代的な背景も感じさせながら、全体的にとても普遍的に繊細な心象風景で、よくあるアメリカ青春群像物語のような、大味なセンチメンタリズムに浸っていないところが良いなと思った。