予告された殺人の記録
■原題:Crónica de una muerte anunciada : Gabriel García Márquez. 1981
■著者:ガルシア=マルケス・ガブリエル著,野谷文昭訳
■書誌事項:新潮社 1997.12.1 ISBN4-10-205211-9(新潮文庫)
■書誌事項:新潮社 1983.4.1 ISBN4-10-509004-6(新潮世界の文学)
■感想
何故今頃こんな作品…という理由を説明するとちょっと面倒なのですが、一応自分用の記録なので記載しておかないと。下の映画の方が主体です。以前LDで買っておいたのに、何となく見ないままでいたので、DVDになってない所有LDチェックをしていて引っかかったものです。原作の方は更に以前に読んでます。ガルシア=マルケス本人が住んでいた故郷のスクレという街で1951年に起こった事件です。著者は当時はすでに故郷を離れていたのですが、新聞でこの事件を知り、急ぎ故郷に帰って調査したものの、ビカリオ家(殺害した方)と親戚だったためマルケス本人の母親が反対し発表することが出来なかったようです。それを30年後に再度調査し発表したのが本作品です。
映画も小説も同じテーマなのですが、「何故このような不可思議な事件が起きたのか?」を追求しています。そういうとミステリーみたいですが、小説の方はドキュメンタリータッチのノンフィクションノベル風ですし、映画の方は美しい芸術作品に仕上がっています。
非常に不可思議な事件における世界観を自分用にメモっておきます。
- A.【小説及び映画内での前提となる価値観】…下記の価値観が絶対的に存在します
- 結婚したら花嫁が処女じゃなかったから家に戻される/戻さないとならない
- 上記は花嫁の家にとっては非常に不名誉である。不名誉の原因となった者に復讐することは名誉を回復するために必須である
- B.【これは微妙な価値観】
- 名誉の問題は個人の問題なので、止めてはならない→止めようとする人もいるためこれは絶対じゃない
- 己のアイデンティティを守るためには名誉を回復しなければならない(A-3の次に来るもの)→予告しまわって、誰かに止めてもらおうとする/途中で逃げようとする
- C.【物語を複雑にしている要因】
- アンヘラが名指ししたサンチャゴは嘘である可能性がきわめて高い
- ビヤルド家は今一つ貧しいけれど、サンチャゴの方は金持ち
- アンヘラがバヤルドを結婚するときは愛していないが、その後本当に愛し始めた
- 結婚したら花嫁が処女じゃなかったから家に戻される/戻さないとならない
A.を前提としない場合はじゃあ誰がこういう事件を引き起こしたのかという問題が簡単にクリヤになります。まずは処女じゃないので家に戻さないといけないという価値観が崩れるため、バヤルドが原因ということになります。これは新しい価値観をもって外部から入って来た人間なので、これくらいクリヤして、従来の世界を打破した存在にならないといけないのですが、脱していない。
次に、復讐する必要性もなくなるので、殺したビカリオ兄弟が原因ということになります。これが一番単純な原因です。が、そんなこと言っても無駄ですね。A.については絶対的な価値観として君臨するわけですから。ここのところは「何故?」と思う方が圧倒的だと思いますが、今からだと50年前のコロンビアですから、もうキリスト教は人々の生活に密着し、かつ非常に重要な存在で、処女性を重視するのは当然の価値観でしょうね。この辺りが作家としての著者の興味を大いにひいたことでしょう。
では、多くの人に予告され、止めようとする人もいるのに何故事件は起こったのか。小説ではアラビア系の富裕階層であるサンチャゴと貧しいビカリオ家の対立構造をもって「差別」「妬み」といった感情をベースにしています。また、複雑に偶然のすれ違いと人々の作為や回避の意志などを積み重ねて構築し、まるでサンチャゴの死が必然だったかのような緊迫感あふれる筋運びとなっています。母親がドアを閉めてしまったり、心の底では止めて欲しかった、ビカリオ兄弟の必死の願いが聞き届けられなかったのは、もはやサンチャゴとビカリオ兄弟の宿命だったとしか思えません。
最後にC.についてですが、これが結構私は問題かと。嘘である可能性が高い理由は、もし本当だったらサンチャゴは自分が殺される可能性が高いと自覚し、逃げますからね。兄弟が探していることを聞きつけるとかいう以前に、夕べ二人は大丈夫だったのか?と気にしますよね。何の事やら?と人に嘘をつくことはしても、実際殺されそうなのですから、体裁気にしている場合ではなく逃げますよね。ところが逃げていないので、それが潔白の証明になっているわけです。それでもアンヘラがためらいもせずに「彼が相手だ」とその後も言い続けること、庇っている相手を隠し通す点が謎です。最後は開き直って処女である小細工をしなかったのは女の潔さなのなら、開き直って本当の相手の名前を言っても良いでしょうに。よくわかりません。
で、後日談。アンヘラは結婚したくなかったけれど、家に追い返されたとき、バヤルドを愛してることに気づいた。そこで30年近く毎週手紙を書き続ける。そしてその手紙をバヤルドは一つも開封しない。送り返せばいいのに受け取る。受け取るから送られ続けているのはわかっていても受け取る。そいで再会する、と。この辺の流れの方がよっぽど私からすると「なんじゃそりゃ」なわけですが…。
事件が起きたことは不思議ですし、悲劇でしょうけれど、実際には日曜の深夜から月曜の午前中くらいにかけて起きた事件ですし、突発的には何が起きても、そういうこともあろうかなと私は思えます。が、長い年月をかけて起きた出来事、それが特に人間の意志の継続性に基づいているケースの方が私にはよっぽど不思議です。