最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2002年4月

2002年4月30日

ホテル・ニューハンプシャー/ジョン・アーヴィング

The Hotel New Hampshire, 1981

ホテル・ニューハンプシャー 新潮文庫 上ホテル・ニューハンプシャー 新潮文庫 下
中野圭二訳 新潮社 新潮文庫 1989.10.1 各560円
上:ISBN4-10-227303-4下:ISBN4-10-227304-2

1939年夏の魔法の一日、ウィン・ベリーは海辺のホテルでメアリー・ベイツと出会い、芸人のフロイトから一頭の熊を買う。こうして、ベリー家の歴史が始まった。ホモのフランク、小人症のリリー、難聴のエッグ、たがいに愛し合うフラニーとジョン、老犬のソロー。それぞれに傷を負った家族は、父親の夢をかなえるため、ホテル・ニューハンプシャーを開業する。/フロイトの招きでウィーンに移住したペリー一家は、第二次ホテル・ニューハンプシャーを開業、ホテル住まいの売春婦や過激派たちとともに新生活をはじめる。熊のスージーの登場、リリーの小説、過激派のオペラ座爆破計画...さまざまな事件を折りこみながら、物語はつづく。現実というおとぎ話の中で、傷つき血を流し死んでゆくすべての人々に贈る、美しくも悲しい愛のおとぎ話。


「ホテル・ニューハンプシャー」が初めて読んだアーヴィングの作品だった。おそらく、1990年頃だったと思う。それまで読んだアメリカ文学で気に入ったのは、音楽からの流れでビートニクの作品だけだったし、サリンジャー、ヘミングウェイ、メルヴィル、フォークナー等、読んでもあまり好きになれずにいた。映画を先に観てから原作を読むのは登場人物などの絵が固定されてしまいあまり良いことではないと思うが、今回はまったく原作を知らずに映画を観てしまい、それから原作を読んだので、良い感想は書けない。

それでも「ホテル・ニューハンプシャー」の力強さ、明るさは自分を圧倒した。それにしても苦悩しながら様々なものを引きずって歩きながら、それでも前進しようというこのパワーはなんだろう?そして、一筋縄で行かないこの変てこな登場人物はなんだろう?アメリカの田舎にこういう人がいるとは、最初は何故か信じられなかった。アメリカの田舎に住む人はみな素朴で純朴であるという、まさに偏見だった。

物語の中にウィーンが登場して慣れ親しんだヨーロッパ文学の香りもしたことも、自分が親しみやすいと感じた理由の一つだろう。いつもふんわりオーストリアの匂いがする。

ホテル・ニューハンプシャー 新潮・現代世界の文学 上ホテル・ニューハンプシャー 新潮・現代世界の文学 下
新潮・現代世界の文学 上下 1986.6.25 各1,700円
上:ISBN4-10-519102-0下:ISBN4-10-519101-2

映画 ホテル・ニューハンプシャー「ホテル・ニューハンプシャー」
1986年7月 109分 アメリカ

監督:トニー・リチャードソン<Tony Richardson>
製作:ニール・ハートレイ<Neil Hartley>
脚本:トニー・リチャードソン<Tony Richardson>
撮影:デヴィッド・ワトキン<David Watkin>
音楽:レイモンド・レポート
出演:ジョディ・フォスター<Jodie Foster>/ロブ・ロウ<Rob Lowe>/ポール・マクレーン<Paul McCrane>/ボー・ブリッジス<Beau Bridges>/ナスターシャ・キンスキー<Nastassja Kinski>ほか

熊、ウィーンといったおなじみのアイテムがそろう中、「レイプ」という性的暴力が大きく取り上げられている作品。好きなのに、どうしても何度も映画を見る気になれないのは、ひとえにこのシーンのせいかと思う。
実は、ジョディ・フォスターとナタキンの豪華な組み合わせに惹かれて映画を見てしまったのが、アーヴィングにはまるきっかけだった。一見、平和なアメリカの一家が、どんどん変てこりんな人たちになっていくのが不思議でしょうがなかった。悲しいことが相次ぐのに、その悲しみを抱えたままにもかかわらず、なんてパワフルな人たちだ。このポジティブさが暗いヨーロッパ文学ばかりの世界に囲まれていた私にどれほどパワーを与えてくれたことか。忘れられない映画になった。

2002年4月20日

ミリオンダラー・ホテル

ミリオン・ダラーホテル■122分 独・米 2001/4/28
■スタッフ
監督:ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders
製作:ディーバック・ネイヤー Deepak Nayar/ボノ Bono/ニコラス・クライン Nicholas Klein/ブルース・デイヴィ Bruce Davey/ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders
製作総指揮:ウルリッヒ・フェルスベルク Ulrich Felsberg
原案:ボノ Bono
脚本:ニコラス・クライン Nicholas Klein
撮影:フェドン・パパマイケル Phedon Papamichael
音楽:ボノ Bono/ジョン・ハッセル Jon Hassell/ダニエル・ラノワ Daniel Lanois/ブライアン・イーノ Brian Eno
出演:ジェレミー・デイヴィス Jeremy Davies/ミラ・ジョヴォヴィッチ Mila Jovovich/メル・ギブソン Mel Gibson/ジミー・スミッツ Jimmy Smits/ピーター・ストーメア Peter Stormare/アマンダ・プラマー Amand Plummer/グロリア・スチュアート Gloria Stuart/バッド・コート Bud Cort
■感想
ミステリー仕立ての美しいラブ・ストーリー。ロサンゼルスのダウンタウンに立つ古びたホテル。そこには奇妙な人々が社会から隔絶されたかのようにひっそりと暮らしていた。ところが、トムトムの親友イジーが屋根から飛び降りるという事件が起きた。FBIの捜査官がやってきて捜査を開始する。イジーがメディア王の息子だったことから、住人たちはイジーの同室だったジェロニモのタールで描いた絵をイジーの絵として売ろうとする。
一方、トムトムはエロイーズに恋をして追いかけ始める。はじめは逃げていたエロイーズだったが、次第にトムトムの純粋さに心を開き始めるが…

2000年に公開されたヴェンダース最新作。U2のボノの製作・原案。U2が好き、というあたりに比較的ロックの王道を好むヴェンダースらしさが見える。
オープニング・シーンが非常に美しい。これだけでU2のプロモビデオのようだ。「Million Doller Hotel」の看板のある屋上を走る若者。意志をもってジャンプするように飛び降りる。落ちていく。一つ一つの部屋がはっきり見える。墜落する。そしてエンディングに近い頃、再度このシーンは出てくる。
ヴェンダースはいつも同じような俳優、同じようなスタッフで「ヴェンダース一家」を作って撮影するが、今回他の映画である程度知名度のある各国の俳優を集め、スタッフも丸ごと一新した。20作品目にあたるこの作品で何か一つ転機としようという意志がよく見える。
一新されたスタッフ陣の中でも驚いたのが撮影のフェドン・パパマイケルの若さと編集がデジタルになったことだ。インタビューで「寂しい」とつぶやいていたが、それが時代の流れを無視することができない監督らしい変身ぶりだ。
これまでと最大に違うのが登場人物の多さ。ここまで多いのは初めてじゃないだろうか?単なる人数、という意味ではなく、意味をもつ人物の人数のことである。それがはっきりと意味をもって個性的に描けたのが、この映画の底を支えている気がする。彼らがこれだけしっかり存在感を示さずに、ジェレミー・デイヴィス、ミラ・ジョヴォヴィッチ、メル・ギブソンの3人だけで話が展開していったら、アンバランスな感じがしただろう。
また、ほとんどホテルという一つの空間だけで物語が進行するのも目新しい。
キャストについては、ミラ・ジョヴォヴィッチは魅力的だが、私にとってやっぱりこの顔はリュック・ベッソンの顔に見えてしまう。トムトムとの二人の絡みがあまりにpureで、やはりフランスの小さな映画に見えてしまう。そういうメガネ抜きに見たら、この曖昧な雰囲気は好感をもてたのだろうか?
喜劇を描きたい、という気持ちは歓迎すべきことだと思う。ただ、喜劇とも悲喜劇とも思えなかった。周辺の人物は面白いのだけれど、核になる3人は一つも笑えない。監督はどんなものを撮っても、美しい映像を描き、美しい物語を描く抒情詩人であることは忘れないで欲しい。
ヴェンダースはいろいろとチャレンジしてこれまでの自分と違う作品を出してくれるのだろう。もう一度好きだった頃のヴェンダースに戻って欲しいとは思わないが、もう一度嫌いだった頃のヴェンダースには戻らないだろうということが決意表明されているような、そんな気がする。

2002年4月 8日

夜明け前のセレスティーノ

夜明け前のセレスティーノ■著者:レイナルド・アレナス著,安藤哲行訳
■書誌事項:国書刊行会 2002.3.25 2400円 ISBN4-336-04030-3(文学の冒険シリーズ)
■感想
「ユリイカ」9月号で予告があり、楽しみにしていた「夜になる前に」のアレナスの処女作。そういえばタイトルが似ている。国書刊行会の文学の冒険シリーズの一冊として刊行された。
ここで「夜明け前」というのはいろいろな意味があると思われるが、文明前の自然のカオス状態のことを指すのか、あるいは大人になる前の子供の幻想と現実の区別の付かない状態を指すのか。
原文が非常にリズミカルに出来ていて、それを訳者が非常に気を使って訳しているのがわかる。日本語で読んでも、とてもリズミカルで、内容が幻想的で現実との区別がついておらず、筋を追う、というタイプの物語ではないにもかかわらず、集中して一気に読めた。
死者と生者の区別がつかず、魔法使いや妖精の世界と自分の周囲にいる大人たちとが混在している。語り手とセレスティーノも最初は違う出生をもっているかのように読みとれてしまうが、次第にその違いはわからなくなる。
自伝的と言うにはあまりに幻想的な、貧しいキューバの田舎の村で土を食べていた子供の世界。母親が結婚直後に夫に去られ、実家に帰ってあまり恵まれた生活をしていなかったことや、大勢の叔母がいたことは自伝「夜になる前に」で語られているが、元々支離滅裂な子供の想像の世界をここまで表現豊かに語られてしまっては、驚くばかりだ。これがキューバで高い評価を受け、その後逆にこの作品が反体制のレッテルを貼られる第一歩となった、その両方の事実は理解できる。
いわゆる「幻想文学」の格調高さ(私はどうも幻想文学に対してそういうものと思いこんでいる節がある)は見られないが、混乱と猥雑さな中にも見る価値のあるたくさんの言葉にあふれる作品。早く「ふたたび、海」などの作品の翻訳が出ないかと期待は更に高まった。

2002年4月 7日

ガープの世界/ジョン・アーヴィング

The World According to Garp, 1978

ガープの世界 新潮文庫 上ガープの世界 新潮文庫 下
筒井正明訳 新潮社 新潮文庫 1988.10.5
上:560円 ISBN4-10-227301-8下:600円 ISBN4-10-227302-6

看護婦ジェニーは重体の兵士と「欲望」抜きのセックスをして子供を作った。子供の名はT・S・ガープ。やがで成長したガープは、ふとしたきっかけで作家を志す。文章修業のため母ジェニーと赴いたウィーンで、ガープは小説の、母は自伝の執筆に励む。帰国後、ジェニーが書いた『性の容疑者』はベストセラーとなるのだが―。/結婚したガープは3編の小説を発表し幸福な毎日を送るが、妻ヘレンの浮気に端を発した自動車事故で1人の子供を喪い、ガープ夫妻も重傷を負う。女性に対する暴力をテーマに、傷ついた心と体を癒しつつ書いた小説は全米にセンセーションを巻き起こした。一躍ベストセラー作家となったガープは悲劇的結末への道を歩み出していた―。現代をコミカルに描く、アーヴィングの代表作。


「ガープの世界」はかなりの人が面白いと感じるに違いないと思う。ベストセラーだけのことはある、というべきか、ベストセラーにしては面白いというべきか。だが、一言では語れない様々な面白さが詰まっている。

作家論・小説論:本来、小説とは次がどうなるか知りたくて読むものだ。1950年代~60年代に流行していた「ニューフィクション」と呼ばれる現代小説は小説の伝統から横道にそれている、と主張する。
教養小説:ドイツ文学で言うところのBulidungs Roman、主人公が成長していく過程を描いた作品である。ガープが自己と自分の周囲の世界を見つめながら、芸術性を高めていく過程を描いている、とも言える。
政治的色合い:1970年代の女性運動の興隆を背景としている。女性運動の中でもくだらないものもある(エレン・ジェイムズ党のような)。州知事選や暗殺といった政治色の強い

暴力:暗殺、強姦、事故といった暴力が支配するアメリカ社会を描いている。ガープは必死に子供達を守ろうとする。しかしながら、実際に子供に最も大きな危害を加えたのが自分自身だったのは皮肉というか、
家庭の物語:ジェーンという母親、へレンという妻、そして子供達、というある家族の物語である。

ウィーンやレスリングなど、自分の経験してきた(これまでずっと小説に書いてきた)アイテムを入れており、ガープという作家の作品数と自分のこれまでの作品数そして内容を等しくしていることから「自伝的」と書かれてしまうこともあるのだが、これは違う。まずガープ誕生の秘話、そしてガープ一家の事故、この二つに特に突出して見られることだが、どこでこういう話を思いつくのか、というくらい独創的なエピソードが大量に放り込まれている。
なんというか、面白いのだが、とにかく変な小説である。悲惨な事件や事故が相次ぐのに、全体を貫く明るさ、ユーモアが、全然悲壮さを感じさせない。重要なキーワードは「ひきがえる」ではなくて「エネルギー」なんだろう。
1983年の映画公開直後に読んで以来だったから、もう20年近く経つ。まったく色あせない面白さを満喫した。

ガープの世界 上ガープの世界 下サンリオ 1983.3.30 各1600円
上:ISBN4-387-83016-6
下:ISBN4-387-83017-4
ガープの世界 サンリオ文庫 上ガープの世界 サンリオ文庫 下サンリオ文庫 1985.5.30
上:620円 ISBN4-387-85038-8
下:640円 ISBN4-387-85039-6

映画 ガープの世界映画「ガープの世界」
1983年10月 137分 アメリカ

監督・製作:ジョージ・ロイ・ヒル<George Roy Hill>
脚本:スティーヴ・テシック<Steve Tesich>
音楽:デヴィッド・シャイア<David Shire>
出演:ロビン・ウィリアムズ<Robin Williams>/メアリー・ベス・ハート<Mary Beth Hurt>/グレン・クローズ<Glenn Close>/ジョン・リスゴー<John Lithgow>ほか

2002年4月 1日

物語の作り方―ガルシア=マルケスのシナリオ教室

物語の作り方■著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス著,木村榮一訳
■書誌事項:岩波書店 2002.2.18 ISBN4-00-025291-7
■内容
「お話をどう語るか」Cómo se ciento um cuento, Ollero & Ramos, Editores, S.L.,1996
「語るという幸せなマニア」La bendita monía de contar, Ollero & Ramos, Editores, S.L.,1998
■感想
映画人の育成を目指してキューバに創設されたサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョス映画テレビ国際学園で、若い映画人と脚本作りのためのワークショップを行っていたガルシア=マルケスだったが、それをまとめた3冊が出版され、うち2冊が訳出された。
参加者各人が持ちよった物語の骨格を30分の映画にするために、様々な弱点を補い、新たな展開を見い出し、ちょっと脇道にそれたり、と非常に面白い討論が展開されている。特に前半の方が持ち寄る話がちょうどワークショップに適した程度の骨格であるため、議論がどんどん展開されて、物語が形作られていく様をつぶさに読みとることができる。


ストーリーテラーというのは努力してなれるものじゃなくて、生まれつきのものさ。でもそれだけじゃあ、十分じゃない。職業にするためには、教養や、技巧、経験といったものが求められるからね。……でも、技巧やトリック、そうしたものなら教えられるよ。

とマルケスがいう通り(帯が的確)、映画の脚本を創作した経験や映画というものに対する知識をもって彼らに語りかける。時にそれがちな議論を本筋に戻し、驚くほど激しい言葉も言えば、完全に脱線して周囲に元に戻るための手助けをしてもらったりと、とにかくよくしゃべる。
後半の方が議論としては今一つだが、「苺とチョコレート」の原作及び脚本を書いたセネル=パスが登場し、どうやって脚本を作っていったかが詳細に語られていて、興味深い話が満載である。
小説と脚本はそもそも違うもの、として定義し、ここでは「脚本」のみについて取り上げられているが、ただ、共通なのは「物語」であるという点。「物語」を語るということにとりつかれた人たちが熱に浮かされたように語り合っている。つくづく、マルケスという人はノーベル文学賞をとったアーティストというよりは、面白い話を書くストーリーテラーなのだな、という思いを強くした。