偶然の音楽/ポール・オースター
おいしいアイテムのいっぱいつまった喜劇的な、かつ悲劇的な物語。「石」好きな作家なんだなと、つくづく。石をひたすら積み上げる、という誰が聞いても不条理な仕事。これがなんだかとても意味深。カフカ愛好家だけのことはある。
何もかも捨ててアメリカをひたすら走り回るなんて、ニール・キャサディか。これもアメリカ文学としては非常においしいアイテム。そして、それが終わって、「停止」してからが物語が始まるなんて、とても90年代らしい。
登場人物の中で唯一まともなのがジャック・ポッツィ。あとはみんなおかしい。すべての出来事が、ジャックをきっかけに生まれているのだが、それに群がるイカれたオヤジどもに翻弄されて、あげくの果ての悲劇的な最後。
ひたすら金の切れるのを待っているだけのナッシュに、まさに最後の金まで失わせるチャンスを与えてしまうポッツィ。申し訳ないと思ってつきあってしまうが、それを望んでやったのだと思わないまともな神経が災い
フラワーとストーンのいかれっぷりは、最初非常に愛すべきものかと思えてしまう。金にあかした超がつくオタクっぷり。やくみつるのような無意味な物の収集家であるフラワーのコレクションの一部にオタクの本質を見抜いたオースター。
ナッシュを魅了するのはあくまで、本来の居場所から引きずり出されて、何の理由もなく存在しつづけることをフラワーによって強いられているという事実だ。
「何ものからも切り離されている」ものに惹かれる、ということ自体が、いかにフラワーとナッシュがイカれているか、よくわかる。
「生きている」ことに追いつめられたナッシュはもう完全に「生きていない」くせに時々「生きている」と感じて「生きたい」と強く念じたりしている。矛盾だらけの主人公の行く末はいかに?という開かれた結末になっている。
■原題:Music of chance
■著者:ポール・オースター著,柴田元幸訳
■書誌事項:新潮社 2001.11.1 ISBN4-10-245106-4
■内容:妻に去られたナッシュに、突然20万ドルの遺産が転がり込んだ。すべてを捨てて目的のない旅に出た彼は、まる一年赤いサーブを駆ってアメリカ全土を回り、〈十三カ月目に入って三日目〉に謎の若者ポッツィと出会った。〈望みのないものにしか興味の持てない〉ナッシュと、博打の天才の若者が辿る数奇な運命。現代アメリカ文学の旗手が送る、理不尽な衝撃と虚脱感に満ちた物語。