杉山洋介(作曲、編曲)、古澤大(作詞)、ミズノマリ(ボーカル)の3人編成のバンド。杉山洋介と古澤大はそれぞれ独自の音楽活動をしていて、結成の数年前にクラブイベントで知り合っていたが、1998年に一緒に音楽活動をしようということになった。その当時名古屋でラジオのパーソナリティをしていたミズノマリが、同じ局でやはりパーソナリティをしていた杉山洋介と知り合い、同年に結成された。その後デモテープを作成して音楽活動をしていたが、2000年4月にaosis recordsよりメジャー・デビューした。もちろん、"paris match"という名は、彼らが好きだというスタイルカウンシルの1stアルバム「Cafe Bléu」(当サイトはそこから名前をいただいている)の収録曲から付けられている。
いわゆる、オシャレ系のジャズ・ボサノバなんかをベースにしたバンドなんだけど、なんだか、とってもひっかかる。するっと抜けてしまう曲もあるのだけど、どういうわけか心に残る曲が多い。単なるドライブミュージックやリゾートミュージックで片付けてしまうには、惜しいバンドです。
※追記:2011.12.26
Paris Match 公式サイト
杉山洋介
→公式プロフィール
1964年生まれ。1984年に19歳のときにプロデビューしてアルバムを5枚出し、1986年に解散。おそらく若い頃にデビューして活躍してしまい、出し切った感があったのだろうと思う。それからロンドンに留学して、新しい音楽シーンに直に触れる。帰国後は主に作曲家として活動しており、少しだけ自分のユニットでアルバム出したりもしているが、自分がメインで出したのは、1998年にparis matchとしてデビューしてから。つまり、13年も実質バンド活動はしていなかったようだ。この期間の充電ぶりはおそらく作曲、編曲などだけでなく、人脈もあり、こういう音楽活動へ結実したのだろうと思う。35歳というのは、いろいろな意味で油がのった感じがする。そこから先は自分のレーベルを作ったり、自分のバンド活動以外にも新人をプロデュースしたりと一つ小さな村を自分自身で作り上げた感がある。若い頃デビューして解散したバンドのメインのコンポーザー、その後スタジオミュージシャンや作曲家などを経て自分のレーベルを立ち上げ若い子をデビューさせたり、自分もバンドを作ったりという活動をしている音楽家を見かけることが最近多い。音楽シーンは不景気で厳しいが、一方で才能と努力を積み重ねて来たこういう人たちが自分の好きな音楽をずっと生みだしていっていることに、同世代として感慨を覚える。
・Official Website : coolism
・Blog : 子供とワンコと、時々サカナ
ミズノマリ
公式プロフィール
1973年生まれ。大学卒業後にラジオのパーソナリティをやっていたせいかラジオで話すのは得意。コンサートの幕間のアナウンスもアナウンサーのようだ。1998年、オーディションによりparis matchのボーカルに。26歳のとき。正直歌はそれまでどのくらいやっていたのかわからない。バンド活動をしていたのか、レッスンに通っていたのか。もちろん歌手は目ざしていたのだと思うが。デビュー当時は正直うまいとは思えなかったが、徐々に歌唱力がついてきたように感じる。ただ、最初からとにかく声がよかった。この声が好き、という時点ですでに私は杉山洋介という人と趣味が合うなと思った。2009年にはソロアルバム「mariage」も出している。
Blog : marriculum
古澤大
1969年生まれ。アパレルメーカーに勤めながらクラブイベントをやったり、DJをしていたときに杉山洋介と出会い、paris matchを結成。このとき、30歳。paris matchではPVを撮影して映像面も担当していたが、主に作詞を担当。他のアーティストに詞を提供したり、プロデュースするなどの活動も行っている。2007年10月に杉山洋介がcoolismというレーベルを立ち上げた際、古澤大はオフィシャルメンバーからは外れている。が、引き続きParis Matchの作詞の多くの部分を担当しているので、関係は継続している(→詳細)。2009年には古澤辰勲(読みは同じ)という名前に改名している。
この人の詞が好きなのもこのバンドが好きな一つの大きな理由。意味深な歌詞が多い。文章家としての才能はあるので、小説でも書けば良いのにと思っている。
自分が若い頃、クラブイベントとか仕切っているDJとかいう職種が出始めた頃だった。正直うさんくさいお兄ちゃんたちだなと思っていた。その人達がその後こうやって才能を磨いてデビューしたり、プロデューサーになったり、ライターになったりもしていて、そういう人たちはいいのだけど、きっとその影でものにならなかった人も大勢いるんだろうなと思ったりもする。
尚、デビューから7年間ビクター・エンタテイメントと専属契約を結んでいたが、それが切れたのを機にアミューズソフトエンタテイメントにてcoolismというレーベルを立ち上げ、「Flight 7」と「Passion 8」及びミズノマリのソロ「mariage」を出したが、その後「to the nines」は再びビクターから出している。