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2001年1月31日

この世の王国

■著者:アレホ・カルペンティエル著,木村榮一,平田渡訳
■書誌事項:水声社 1992.7.30 ISBN4-89176-269-1
■紹介
ヴードゥー教がいまだに根強く生き延び、圧制と反乱のうち続くカリブ海の島ハイチで、世にも数奇な運命を辿った一黒人奴隷の眼に映った新大陸の驚くべき現実。シュルレアリスト=魔術的レアリストとして知られる著者の初期の傑作中篇。
■感想
1751年〜1821年までのハイチ独立の物語。主人公の少年時代から老人に至るまでを、それぞれの時代に起こった暴動や革命を背景に四部構成で描かれている。アンリ・クリストフやポーリーヌ・ボナパルトなど、実在の人物も登場し、基本的にはリアリズムなんだけど。ヴードゥー教のおどろおどろしい雰囲気も織り交ぜられ、アニミズムによって人間が動物に変化したりする場面もあり、ああ、これが魔術的リアリズムとか言われてしまう所以かなとも思う。
白人による圧制の後、せっかく革命を起こして黒人が国王となっても、白人よりもさらに一層黒人を弾圧する。白人は奴隷を購入しているのであって、死んでしまっては損だから、と、命乞いだってしてくれるわけだが、同胞は情け容赦ない。その後、ムラート(混血)が権力の座に座っても変わらないだろう、という見通しが立ったところで物語は終わる。
全体的にテンポよく、わかりやすくて、楽しめる。悲惨さが必要以上に強調されるようなことなく、むしろ黒人たちの強さが印象づけられる。読んでいて気持ちの良い小説だった。
「あの世」という思想は弾圧されている人々に受け入れられている信仰で、おそらくこの主人公も信じていたのだろう。だが、ラスト近くに主人公が真理を見つける一文がある。


人間の偉大さは、現状をよりよいものにして行こうとする点、つまり自分自身に義務を課していく点にある。天井の王国には、征服して手に入れるべき偉大なものが欠けている。というのも、そこでは、きちんと位階が定められ、未知のものが明らかにされ、永生が約束され、犠牲的精神など考えられず、広く安らぎと愉楽が支配しているからである。さまざまな悲しみと義務に苦しめられ、貧困にあえぎながらも気高さを保ち、逆境にあっても人を愛することのできる人間だけが、この世の王国においてこのうえもなく偉大なものを、至高のものを見いだすことができる。

なんと正しい現実認識だろう。フランス革命の少し後に起こったハイチ独立はラテンアメリカの最初の独立運動で、ハイチは初の黒人が建国した共和国である。力強さを感じるわけだ‥。
カルペンティエル(カルペンティエールとも表記される)はキューバ現代文学の巨匠。1904年〜1980年。「失われた足跡」(集英社文庫)「追跡」「光の世紀」(水声社)は絶版ではない。
名前は頻繁に目に入るのだが、この人の作品は初めて読んだ。是非次を読んでみたい!というほど惹かれたわけじゃない。簡単に手に入れば読もうかなぁ‥くらいの感じ。
それより、学生の頃に読んだアンナ・ゼーガースの「ハイチの物語」(ハイチの宴)を思い出そうとしたのだが、すっかり忘れていた。何とか探して読んでみよう。
私の永遠の探求本、アンナ・ゼーガース「第七の十字架」はいつになったらめぐり会えることやら。